一般社団法人 日本整形内科学研究会

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第4回JNOS学術集会・第2回日本ファシア会議 抄録

第4回学術集会・第2回日本ファシア会議に関する情報はこちら。

Contents

1)2021年11月27日(土)第4回JNOS学術集会 【大会長講演・特別講演・教育講演・基調講演】

 [大会長講演] 私が行ってきた仙腸関節障害診断・治療の12年間の変遷(吉田眞一)

【タイトル】私が行ってきた仙腸関節障害診断・治療の12年間の変遷
【演者】吉田眞一
【所属】JNOS理事・東海北陸ブロック長、よしだ整形外科クリニック 院長
【座長】永野龍生 (JNOS理事・関西ブロック長、永野整形外科クリニック院長)

【抄録】

慢性腰痛症例の中で仙腸関節性腰痛の頻度は15〜20%程度とする報告が多いが、一般医療機関で実際に診断・治療されている頻度は遥かに少ない印象を持っている。

自分は2009年にPT林典雄先生(機能解剖学研究所所長)と、2012年に村上栄一先生(JCHO仙台病院院長 日本仙腸関節腰痛センター)と出会いが始りで多くの先生方のご指導により、現在まで10年余り仙腸関節障害の診療を行ってきた。

その後もさらにいくつかの出会いや契機があり、現在行っている診断・治療体系に変化してきた。今回これまでの自分の「仙腸関節障害診療」の変遷を振り返りこの間の経緯および今後の展開の予想につきご紹介する。

具体的には「仙腸関節障害の身体所見」、「仙腸関節の理学療法」、「仙腸関節腔内造影およびブロック注射」、「仙腸関節後方靭帯に対するハイドロリリース」そして最近新たに追加した治療法の一つの「Prolotherapy」などである。

 [会長講演] 最近のトピックス2021(木村裕明)

【タイトル】最近のトピックス2021
【演者】木村 裕明
【所属】JNOS 会長・代表理事、木村ペインクリニック 院長
【座長】永野龍生 (JNOS理事・関西ブロック長、永野整形外科クリニック院長)

【抄録】

我々は、エコーガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)が、整形外科、ペインクリニック領域だけでなく、内科、泌尿器科、歯科口腔外科、耳鼻咽喉科など多くの分野で原因不明とされてきた痛みやしびれに対して、有効なことを報告してきた。しかしながら、それでも尚、痛みが改善しない例は数多く存在する。痛みを改善させたい意欲がある限り、新しい治療ポイントは見つかるものである。

一方で、既存の治療ポイントが、既存の適応症以外にも有効な場合、そして予想外の部位の疼痛が緩和する場合もある。これら治療ポイントのうち、新しい候補が見つかったと思っても、実臨床を重ね、その病態や評価を論理的に突き詰めていくと、真に有効だと思えるポイントは絞られてくる。

今年は、指先の痛み、坐骨神経痛様症状、凍結肩等に対して、2021年に新たに追加となった厳選治療ポイントに関する適応と手技を、それぞれ紹介する。

 [特別講演] 靱帯の再考~最近の知見を踏まえて~(二村昭元)

【タイトル】靱帯の再考~最新の知見を踏まえて~
【演者】二村昭元
【所属】東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 運動器機能形態学講座 教授
【座長】吉田眞一 (JNOS理事・東海北陸ブロック長、よしだ整形外科クリニック 院長)

【抄録】

関節疾患のマネージメントには、病態に対する早期診断・介入、進行予防という観点が必須であるが、病態解明やその予防・介入に関しては未だ不明なことが多い。病態解明という意味で、関節解剖の正確な理解は必須であることは自明であるが、現行におけるその基盤は「靱帯」に基づいているといえる。すなわち、靱帯というひもが切れているか(診断)、切れていればどう再建するか(治療)という具合である。しかし、原点回帰的思考により、そもそも「靱帯」とはなにかを考察してみると、実は「靱帯」は定義の明確な構造ではなく、関節周囲に元来存在する、筋・腱膜や関節包との境界は不明瞭であることが解ってきた。機能分化の進んだ膝前十字靱帯などは別にして、多くの「靱帯」は腱膜や関節包の一部分を人為的に区別した構造的概念であると考えることができる。その典型例である、肘関節内側側副靱帯と股関節腸骨大腿靱帯を題材にして、解剖学的な詳細とその意義や展望を解説する。

肘関節内側の安定化は、内側側副靱帯が静的に、回内屈筋群が動的に作用していると区別して考えられてきた。しかし実際は、円回内筋と浅指屈筋との間の腱性中隔、浅指屈筋の深層腱膜、上腕筋の筋内腱や関節包からなる線維性の複合体の中で、束状に見える部位を区別したのが靱帯と呼ばれている。また、腸骨大腿靱帯は、従来、関節包靱帯と考えられてきた。下前腸骨棘遠位の寛骨臼縁の骨形態や関節包の付着領域、そしてその部位に隣接して走行する腸骨筋、小殿筋、大腿直筋の腱膜に基づいて解析すると、腸骨大腿靱帯は関節包に対して、腸骨筋や小臀筋の腱膜の一部が合して厚みをなした部分であり、前者が下行部、後者が横部と解釈することができる。

いずれの関節においても、今まで「靱帯」と区別されて認識されてきた構造が、周囲の筋・腱膜や関節包の一部であることがわかると、既存の静的安定化機構を動的機構に包含して再考することができ、運動機能に基づいた病態解明や進行予防の可能性が広がると考える。

 [教育講演1] 治療手技の標準化と差別化~知財戦略とブランディング~(小林只)

【タイトル】治療手技の標準化と差別化~知財戦略とブランディング~
【演者】小林只
【所属】JNOS 理事・学術局長、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師, AIPE認定知的財産アナリスト
【座長】並木宏文 (JNOS理事、地域医療振興協会 公立久米島病院 副院長)

【抄録】

ブランドとは、何でしょうか? 知名度、イメージ、広告、ロゴデザイン? ・・・実は、すべて半分正解です。

ブランドとは、古典的には「ある製品やサービスを区別する印(概念)」とされます。近年では「独自の役割を持ち、感情移入が伴った」モノやサービスとも表現されます1)。ここでいう製品とはパソコン・教材・医療機器などのモノ、そしてサービスとは製造方法、教育方法、医療行為などの方法が該当します。ブランドの表現例の1つが名称・マーク・デザインに位置づけられます。そしてブランディングとは「できるだけ多くの人に、できるだけ際だった独自性と感情移入を形創っていく取り組み」1)とも理解されています。

しかしながら、ブランドが有名になる程、「人の褌で相撲をとる」人々も増えます。映画の海賊版が良い例ですが、医療界でも例外ではありません。

例えば、「ファシア」「筋膜リリース」「ハイドロリリース」という言葉を、いわゆるバズワード・SEOの言葉として、理解不十分なまま利用している方々が増えています。「ハイドロリリースというストレッチ」、「飲水し全身のファシアに潤いを!(ハイドロリリース)」、「ハイドロリリース(=筋膜リリース)」など、当会の会員審査でも、医療広告ガイドラインや景品表示法からの観点から審査・指導していますが、実に多様な方々が世の中にいます。

ブランドを育ててきた方々の資産価値や社会的信頼が損なわれないためには、どうすればよいのでしょうか?

その手法の1つに特許権等の知財を活用した権利化・独占化があります。一方で、治療技術自体は、日本や欧州では人道的理由(医療行為は平等に住民に提供されるべき)から特許権を取得できません。

本講演では、比較的身近な商標・不正競争防止に関して、ご紹介いたします。

  1. 商標の考え方・読み方:
    → 標準文字と画像商標の違い、役務(サービス)の種類、類似・非類似の考え方、商標的使用とは何か? について実例を元に説明します。第3者による悪意のある商標権取得による弊害から身を守る方法についても紹介します。
  2. 著名表示冒用行為(2条1項2号)
    → 余りにも有名な文字列・ブランド名(例:音楽グループ、企業名)を第3者が利用することは、フリーライド(著名性の悪用)と捉えられ、刑事罰になりうることを説明します。

そして、これらをもとに学術的発展による標準化とブランディングによる差別化のバランスを担保するための戦略と戦術を、知的財産戦略の専門家の視点を交えて紹介します。「自分さえ良ければいい」ではなく、「自分も他者も大事する」ことが中長期的な信頼と発展に繫がることを、真摯な研究者・医療者が実感できる医療界が育まれることを期待しています

○引用文献
1) 羽田 康祐 他「ブランディングの教科書 ブランド戦略の理論と実践がこれ一冊でわかる」(2020 NextPublishing Authors Press)

 [教育講演2] しまね総合診療センター~virtual office構築とNeural GP net work~(白石吉彦)

【タイトル】しまね総合診療センター~virtual office構築と
Neural GP net work~
【演者】白石 吉彦
【所属】JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与
【座長】洞口敬 (JNOS副会長・理事、B&Jクリニックお茶の水 院長)

【抄録】

少子高齢化、医師の地域偏在の著しい日本で、総合診療医の必要性が叫ばれて久しい。19番目の専門医となった総合診療医の専門研修が2018年から始まった。一方全国の医学部で卒後地域での医療に従事することを条件に設けられた地域枠などの定員が2020年度は70大学1,679人(全医学部定員の18.2%)となっている。しかしそれで、地域医療の様々な問題が解決したか、というと答えはノーである。

この現状に対し、島根大学は厚生労働省の「総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業」に応募し、2020年度、2021年度と採択された。島根県は東西に200kmあるが、新幹線、高速道路は整備されておらず、隠岐という離島も抱える。また大学病院では地域で役に立つ総合診療医を教育、育成することは容易ではない。地域の総合診療医が大学で医学生、研修医教育を行う、地域で総合診療を教育するということをモットーに活動を展開している。地理的なハンデを克服するためにオンライン上でvirtual officeを構築し、この事業を通じて現在進行形のしまね総合診療センターの立ち上げ、チームビルディング、現在の取り組みなどについて紹介する。今後の皆様の活動に何らかの参考になれば幸いである。

シンポジウム – テーマ:教育

【座長】白石吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与), 今北英高(畿央大学大学院 健康科学研究科 教授)

 [シンポジウム1] 整形内科学のパートナーとしての理学療法士の教育の課題(工藤慎太郎)

【タイトル】整形内科学のパートナーとしての理学療法士の教育の課題
【演者】工藤慎太郎
【所属】森ノ宮医療大学 インクルーシブ医科学研究所 所長

【抄録】

運動器系理学療法は草創期では術後の理学療法に始まり,その後,主に海外で開発された徒手療法の様々な技術が我が国でも導入され始める.2000年代の初期は運動連鎖や生体力学的な動作の理解に基づく理学療法の考え方,運動器の機能解剖学に基づく理学療法の考え方が急速に広まっている.この変化を治療対象で考えてみると,機能障害から関節に変わり,動作から筋に変化していっているように見え,パフォーマンスとそれを構築する組織の2つの軸で変化している.そして,近年,運動器診療に超音波エコーという武器が登場し,パラダイムシフトが起きている.これまで,筋や靭帯が治療の対象と考えていたが,その周囲の構造に問題が分かってきた.さらにこれらの多くは,手術療法ではなく,保存療法での治療が可能ということまで分かってきた.筆者は運動器診療の保存療法の大きな割合を理学療法が占めていると信じている.そのため,このような治療対象の拡がりは理学療法士にとって,重要なパラダイムシフトになると考えている.

一方で,パラダイムシフトによる急速な変化はいつも進化と分断をもたらしているように感じる.このようなパラダイムシフトを理学療法教育に反映していくための筆者が考える課題は“国家試験偏重教育”にあると考えている.

多くの養成校ができて,国家試験合格率を100%にすることは教員にとって重要な使命である.一方で,多様な価値観に触れ,将来のキャリアを考えるために多くのチャレンジをする.学問においても,興味を持ったことを徹底的に調べ,深い学びの体験も非常に重要である.しかし,現状は国家試験に出るところを中心に,「問題に対する答えを教え,覚える」ことを求める.実技では「出てきた問題を解決する方法を教え,覚える」ことを求める.なぜ,そのような症状がでているのか? なぜそこを持つのか?を「考える」が抜けている.これは学生の問題なのであろうか?私は教員の課題と考えている.大学は教科書を教える場所ではなく,教科書を作る場所であるべきである.上述した新しい時代を迎えて,新しいこと模索している場に,学生を引き込み,一緒に考える中から,次世代のリーダーが生まれてくれたらと願って教育を行う教員がいてもいいのではないだろうか?

当日は私が大学で行っている講義の一端を交えながら,課題を整理していきたい.

 [シンポジウム2] 整形外科開業医としての「みんなで生涯教育」(永野龍生)

【タイトル】整形外科開業医としての「みんなで生涯教育」
【演者】永野龍生
【所属】JNOS理事・関西ブロック長、永野整形外科クリニック院長

【抄録】

新型コロナ後、オンラインでのウェブセミナ-などで、学習の機会が多くなった。私自身、「患者の痛みを和らげる、不安を軽くする」という当院モット-の原点に立ち返り、「より高い診療技術」をもつ整形外科開業医を目指すべく学習方法を見直した。

具体的には、1)診断精度・生活指導効率の向上を目指し、問診技術を高める事実質問によるコミュニケ-ション技法、2)理学療法士とともに解剖、動作分析を学び、3)超音波診断装置(以下、エコ-)を共通言語としたエコ-学習動画の作成、4)理学療法とエコ-ガイド下注射による治療、5)スムーズなエコーガイド下注射のための看護師との連携システムの構築、6)漢方薬などを用いた慢性疼痛治療、7)リエゾンナ-スとともに骨折予防を目指した骨粗鬆症治療を今も学び続けている。

今回は、上記4)の一例としての、私自身のエコ-ガイド下注射の習得手順(平行法・交差法、In-line and Out-of-line position)、および理学療法士と看護師との協業を紹介する。本発表が、コロナ禍において、整形外科保存加療のプロを目指すべく「スッタフとともに学び続ける」というモチベ-ションの一助になれば幸いである。

 [シンポジウム3] 多職種連携の実現を目指した鍼灸師教育について(黒沢理人)

【タイトル】多職種連携の実現を目指した鍼灸師教育について
【演者】黒沢理人
【所属】JNOS理事,トリガーポイント治療院 院長

【抄録】

多職種連携とは様々な職種の専門家たちが協同・共同して、より質の高い治療を患者に提供することと考えるが、その実践は「言うは易く行うは難し」である。特に鍼灸師の場合、その理由として①東洋医学・西洋医学的概念の相違、②多職種との交流機会が少なく、相互に相手のことを捉えがたい、誤解が生まれる、などが挙げられる。このような問題点を解決するため、今回の講演に先立ち鍼灸師には「鍼灸師の教育」、医師には「鍼灸師との連携」に関するアンケートを取った。その結果の紹介と共に、7年間のペインクリニックとの連携と、JNOS理事として多職種と活動してきた立場から鍼灸師が医療機関と連携できるようになるための教育について提言する。

 [シンポジウム4] 総合診療医が広げる整形内科診療の可能性(遠藤健史)

【タイトル】総合診療医が広げる整形内科診療の可能性
【演者】遠藤健史
【所属】町立奥出雲病院 総合診療科部長,島根大学医学部附属病院総合診療医センター

【抄録】

総合診療医(以下、総合医)は、患者の年齢を問わず、全ての健康問題に対し、臓器別・疾患別の枠を越えて対応する。総合医が整形内科診療を行うことで、従来解決が難しかった健康問題への新たな対応策を生み出す可能性がある。その理由は、総合医が1.整形内科学を診療に活かしやすい素地があること、2.総合医が扱う広い症候に整形内科診療の適応拡大が期待できること、3.整形内科診療を生活支援の領域など多方面に活用できることが挙げられる。

1.整形内科学と総合診療医学は共通する部分が多い。例えば整形内科学が重視する症候学と生活の中の悪化因子への対策は、総合医が健康問題に向き合う際の基本部分である。また、総合医はエコーへの親和性があり、それを発痛源評価や注射に使用するハードルが低い。そして、気胸や感染症発症などの手技による合併症への対応を自らが行える。よって、総合医は他職種より整形内科学を診療に活かしやすいと考える。

2. 総合医が対応する患者の中には、整形内科診療を行うことで、初めて解決する症例が含まれる可能性がある。総合医は、めまい、頭痛、胸痛、抑うつ症状など、疾患同定が難しい幅広い症候を診療対象とする。演者がここ1年で、整形内科学を診療に役立てた例として、外側翼突筋性の嘔吐・めまいを伴う頭痛や、胸膜炎後の胸痛、肩こりによる抑うつ症状をもつ患者が挙げられ、それぞれエコーガイド下注射を行い症状改善した。

3.総合医が対応する健康問題は生活面まで対象が及び多種多様である。解決困難な問題に対し、総合医は他科の医師、療法士、鍼灸師、ケアマネージャー、役場職員等と多職種連携を行う。この際、総合医はHUBの役割を担い、整形内科学の知見を適応すると共に各職種から学び、新たな対策法を模索する。例えば、歩行時の膝屈曲制限がある患者に対し、療法士と協働し身体機能改善を図るとともに、ケアマネージャーらと自宅内の段差解消や、外出支援など、生活導線に沿った対策を検討する。

総合医は、整形内科診療を診療に活かし、健康問題の新たな解決策を生み出す可能性がある。本シンポジウムでは、他職種の皆様と連携し、我々総合医がさらに学ぶべき知見についてご指導いただきたい。

 [シンポジウム5] セラピストの卒後教育(蒲田和芳)

【タイトル】セラピストの卒後教育
【演者】蒲田和芳
【所属】株式会社GLAB代表取締役, 大阪産業大学工学部

【抄録】

運動器疾患の治療に携わるセラピストには、治療ターゲットを的確に絞り込む能力が求められる。治療の方向性として、発痛源に対して直接的な治療を行う「対症療法」と、姿勢や他動運動、自動運動などの異常を改善する「機能的治療」とに大別される。前者においては、症状を引き起こしている発痛源を見極めることが不可欠である。後者においては、機能的な異常をもたらしている筋や関節包の癒着も含めた治療プランの構築が望まれる。いずれにおいても、治療ターゲットの絞り込みが重要となる。

例えば、「腰痛」に対して、画像所見の乏しい場合は「筋・筋膜性腰痛」などの機能的な異常を示唆する診断が下される。このようなとき直接的な発痛源の候補として、仙腸関節の安定化に関与する多裂筋のタイトネス、それを覆う胸腰筋膜後層、もしくはそれを貫く上殿皮神経などが考えられる。上記の3つの発痛源のうち、どれを狙うのかによって治療法は当然異なるはずである。

別の例では、「上肢のしびれ」に対して、異常感覚の領域や神経伸張テストの結果では正中神経に異常を把握しても、治療ターゲットを見極め売上では不十分である。その原因として手根管内の癒着、手関節近位の長母指屈筋との癒着、上腕近位部における上腕動脈との癒着、小胸筋深部における内側神経束の癒着などの絞扼・癒着部位が候補となる。どこに原因があるかによって、治療を施す部位が大きく異なる。

関節拘縮の治療、不良姿勢の改善といった機能回復を意図した治療において、筋機能を改善するだけでは不十分である。拘縮や不良姿勢の原因として、筋の過緊張や種々の組織の癒着が関与する。筋の過緊張においてついても、筋外膜の滑走性の低下が影響する場合も多い。その治療において、運動を制限し得る組織間の癒着を順次解決することが機能回復には最も近道であると考えられる。

運動器疾患の治療において、治療ターゲットを絞り込むためには、エコーを含む医用画像とともに、治療ターゲットを1mmの範囲内で絞り込む精密触診®が有用であると考えている。加えて、対症療法と機能的治療をどの順序で組み立てるべきかといった治療の流れを場当たり的に行うことを避けるため、「治療の設計図」を予め準備することが望ましいと考えている。そして、裏付けとなる文献的知識も持ち合わせなければならない。本講演では、演者が考えるセラピストに必要と思われる卒後教育について紹介する。

2)2021年11月28日(日)  第4回JNOS学術集会【一般演題・研究助成演題】

 [一般演題] 

【座長】今北英高 (JNOS理事,畿央大学大学院 健康科学研究科 教授), 銭田良博(JNOS副会長・理事・運営管理局長・九州沖縄ブロック長, 株式会社ゼニタ代表取締役)

[一般演題1] 慢性期の肩関節周囲炎に対し、理学療法と鍼治療併用の有効性が示唆された一症例(宮地 祐太朗)

【タイトル】慢性期の肩関節周囲炎に対し、理学療法と鍼治療併用の有効性が示唆された一症例
【演者】宮地 祐太朗
【所属】株式会社ゼニタ

【抄録】

  1. 背景

肩痛の症状の1つに夜間痛がある。夜間痛が長期化すると睡眠障害や慢性疼痛と深く関連することが報告されており、肩関節機能のみならず、抑うつや自律神経の乱れ等により日常生活に影響を及ぼすことが考えられる。今回は、理学療法(徒手治療・物理療法)および鍼治療の併用により、症状が著効した症例を経験したので報告する。

  1. 症例提示

50代女性。R3.4月頃から左肩の夜間痛が出現。7月末に整形外科を受診し左肩関節周囲炎と診断され、理学療法および薬物療法を開始した。主訴は、入眠後痛みにより2時間で覚醒してしまい、不眠を訴えた。開始時の初期評価で肩ROMは屈曲90°、外転70°、下垂位外旋0°と制限を認めた。圧痛は左烏口上腕靭帯(以下;CHL)、左三角筋粗面に認めた。超音波画像診断装置(以下;エコー)評価ではCHL表層Fasciaの滑走制限、三角筋下滑液包深層にFasciaの重積像を確認した。

  1. 治療介入

初期評価時より、肩関節上方組織の滑走制限が可動域制限及び疼痛に関与していると考えた。初回介入時に肩関節上方組織の滑走改善を目的とした徒手での治療を試みたが、十分な効果を得られなかった。そこで、徒手治療に加え、超音波治療を併用した。

さらに、弊社にて鍼灸師と連携して、局所の圧痛部位に対するリリースと自律神経のコントロールとを主として鍼治療を行った。

  1. 結果

初期評価では夜間痛により入眠後2時間で覚醒していたが、2ヵ月後は夜間痛が消失した。エコー評価によるCHL表層Fasciaの滑走、三角筋下滑液包深層Fasciaの重積像も改善を認めた。それに伴い、肩ROMは屈曲115°、外転90°、下垂位外旋10°に拡大した。

  1. 考察

今回、理学療法と鍼治療を併用することで夜間痛が長期化せず疼痛軽減を認めた。理学療法では徒手治療に超音波治療を併用して実施した。超音波の特性として、深部の組織まで熱伝導が可能であるため、組織の伸張性や滑走性の改善に有効である。徒手治療と併用することで組織の柔軟性や滑走性が早期に改善される可能性を示唆した。鍼刺激では内因性オピオイド系を介した疼痛コントロールとFasciaリリースにより夜間痛の軽減につながったと考える。

  1. 今後の課題

今回は、理学療法および鍼治療の併用により、症状が著効した症例を経験したが、理学療法と鍼を併用した治療の関係を明らかにした報告は見当たらない。今後は、それぞれの治療効果がどう表れるのか明らかにしていく必要がある。

[一般演題2] 大腿骨頚部骨折人工骨頭置換術後にて疼痛改善と靴下着脱動作獲得に難渋した一症例(小川 寛晃)

【タイトル】大腿骨頚部骨折人工骨頭置換術後にて疼痛改善と靴下着脱動作獲得に難渋した一症例
【演者】小川 寛晃
【所属】医療法人医誠会 都志見病院 リハビリテーション部

【抄録】

【症例】

右大腿骨頸部骨折にて人工骨頭置換術施行された60代女性。退院前より座位および立位にて臀部の痺れを感じるようになっていたが、退院後より徐々に臀部および下腿外側の疼痛を強く感じるようになり(NRS:8/10)、歩行時痛を伴うようになった(NRS:8/10)。術側側臥位にて疼痛を生じ就寝の妨げになっていた(NRS:8/10)。股関節屈曲最終可動域での疼痛(NRS:8/10)と股関節可動域制限により、靴下着脱動作において困難を感じていた (WOMAC :36点)。

理学療法士がエコーにてfasciaの重積を同定し徒手的にアプローチするも、疼痛改善や靴下着脱動作を獲得することができなかった。そこで、医師と理学療法士が協働してハイドロリリースを行うことで、疼痛改善と靴下着脱動作獲得できた症例を経験した。

 

【治療経過】

治療① (術後147日) 大腿方形筋ハイドロリリース施行
股関節屈曲および内旋可動域とSLR角度の改善が得られたが、疼痛は軽減しなかった(WOMAC :36点)。

治療② (術後182日)内閉鎖筋停止部ハイドロリリース施行
股関節内転可動域の改善が得られ、座位時疼痛の軽減(NRS:3/10)と歩行時痛の改善(NRS:0/10)と靴下着脱動作時痛の軽減(NRS:2/10)が得られた(WOMAC :18 点)。

治療③(術後189日) 外閉鎖筋ハイドロリリース施行
全方向性に股関節可動域の改善が得られ、靴下着脱動作が努力なく行えるようになり、歩容の改善が得られた。靴下着脱動作時痛の改善(NRS:0/10)と、股関節最終屈曲位と術側側臥位での疼痛軽減(NRS:2/10)が得られた(WOMAC :7 点)。

治療④(術後 203日) 内閉鎖筋ハイドロリリース施行
座位および術側側臥位、股関節最終屈曲位での疼痛の軽減(NRS:1/10〜2/10)が得られた(WOMAC :5 点)。

【考察】手術侵襲に起因する内閉鎖筋の癒着により、坐骨神経や後大腿皮神経症状が引き起こされ、臀部と下腿外側に疼痛を生じていたと考えられた。外閉鎖筋の癒着が股関節可動域制限を引き起こし、靴下着脱動作困難や跛行を生じさせていたと考えられた。術後早期からの股関節後方組織の癒着防止に着目した術後リハビリプログラムの必要性を感じた。

[一般演題3] 介護保険短時間通所リハビリテーションと医療保険鍼灸マッサージの併用により治療効果を認めた一症例(松田海稀)

【タイトル】介護保険短時間通所リハビリテーションと医療保険鍼灸マッサージの併用により治療効果を認めた一症例
【演者】松田海稀
【所属】株式会社ゼニタ

【抄録】

背景

介護保険による短時間通所リハビリテーション(以下;短時間通所リハ)では入浴・食事サービスはなく、リハビリテーションのみを実施している。短時間通所リハを運営している当施設では、銭田治療院(以下;治療院)と連携し、医療保険を用いた鍼やマッサージ治療を利用者様に提供している。その中で、R3年10月から介護保険と医療保険を併用している両変形性股関節症(以下;両hip OA)を呈した症例に着目し治療経過をまとめたため、ここに報告する。

症例提示

70代女性。60歳頃より両股関節の歩行時痛が出現、H28年に両 hip OAと診断され他院にて理学療法を18カ月実施し、他院でのリハビリ終了から約2か月後に両股関節の動かしづらさが再発したため、R3年5月治療院で臀部を中心として医療保険によるマッサージを水・土の週2回で開始した。R3年10月より介護保険による短時間通所リハを月・金の週回2で開始し、梨状筋・小殿筋・股関節内転筋群にストレッチ、ボール等を使用した股関節周囲筋トレーニングを行った。当施設利用開始時から、治療院のマッサージを当施設サービス終了後に続けて行うことになった。利用者様には本発表に関する同意を得た。

初期評価

初期理学評価で、歩行時にデュシェンヌ歩行を認めた。股関節周囲の関節可動域制限が著明であり、他動運動による股関節痛を認めた。また、整形外科テストでは股関節周囲筋短縮による股関節拘縮を認めた。徒手筋力検査(以下;MMT)で股関節屈曲(3/4)、伸展(3/3)、外転(2/2)、内旋(3/3)、外旋(4/4)であった。バランス評価では、Timed up & Go Test(以下;TUG)14.9秒、5m歩行テスト6.6秒、Berg Balance Scale(以下;BBS)47点と転倒リスクを認めた。

最終評価(変化を認めた項目)

・MMT:外転(3/3)、内旋(4/4)
・TUG(12.7秒)、5m歩行テスト(5.2秒)、BBS(53点)

考察

本症例は、初期理学評価で転倒リスクが危惧された。しかし、当施設と治療院で連携することで症状の改善を図ることができ、転倒リスクの軽減に繋げることができた。2施設間で情報共有をすることで、利用者様により良い治療を提供することができ、ADLの向上につなげることが可能となると考える。介護保険短時間通所リハビリテーションと医療保険鍼灸マッサージの併用は全国的にもまだ少ないが、治療者や利用者に様々なメリットがあるため、今後のニーズとして捉えられるようにしていきたい。

[一般演題4] 肩関節の動作分析で発痛源を特定し、ファシアハイドロリリースで改善した症例(遠藤健史)

【タイトル】肩関節の動作分析で発痛源を特定し、ファシアハイドロリリースで改善した症例
【演者】遠藤 健史
【所属】町立奥出雲病院 総合診療科部長,島根大学医学部附属病院総合診療医センター

【抄録】

【はじめに】
運動器のファシアの重責は、動作時痛や組織の滑走性低下の原因となる。この重責を対象とした、ハイドロリリースは、鎮痛効果と組織の滑走性改善が期待できる。ただ、従来の整形外科的徒手検査法や超音波診断装置(以下、エコー)では、発痛源が同定できない場合もある。本発表では、理学療法士と連携した動作分析が発痛源同定に有効であった症例を報告する。

【症例】
症例は40歳代男性である。初診の7ヶ月前に神輿を左肩でかついだ時に、左肩前面に強い圧を感じた。その1ヶ月後から左肩の動作時痛を感じるようになった。6ヶ月間で左肩関節の可動域制限も出て初診となった。初診時、左肩甲上腕関節passive Range Of Motion(以下、左肩pROM)は、屈曲挙上130度、外転挙上90度、第二肢位内旋20度、第二肢位外旋20度と制限を認めた。Speed testでは左肩甲骨上部辺り、Hawkins-Kennedy testやpainful arc testでは左三角筋周囲の痛みが誘発され肩前面に疼痛誘発はみられなかった。エコー評価で肩腱板および二頭筋腱に炎症所見は認めなかった。3ヶ月間、痛みが誘発された部位の筋・腱・靱帯の合計10箇所にエコーガイド下ハイドロリリースを行ったが、症状の改善を認めなかった。その後、理学療法士の介入を開始し、passive movementによる左第一肢位からの肩すくめ(shrug)が、左肩前面のピンポイントの痛みを誘発することを発見した。その部位をエコー観察すると左上腕二頭筋長頭腱周囲にファシアの重責を認めた。そのファシアの重積にエコーガイド下で1%キシロカインと生理食塩水の混合液7mLを用いてハイドロリリースを行った。その直後より左肩の動作時痛が軽減し、左肩pROMが第二肢位内旋80度、外旋70度と改善した。1ヶ月後の再診時もpROM制限の再悪化は認めなかった。

【考察・結論】
動作分析を行うことは、発痛源の位置を絞り込むのに有効である。

本症例では他の身体診察では同定できなかった左肩前面痛をpassive movementのshrugが誘発したことが診断につながった。この動作分析は上腕二頭筋長頭腱周囲の痛みを誘発する特異的なものである可能性がある。

[一般演題5] マトリゲル注入が胸腰筋膜に及ぼす影響(寺山奨悟)

【タイトル】マトリゲル注入が胸腰筋膜に及ぼす影響
【演者】寺山奨悟
【所属】畿央大学大学院健康科学研究科

【抄録】

【はじめに】
胸腰筋膜(Thoracolumbar Fascia;TLF)は、ヒトやラットにおいて、最も広範なFasciaであり、腰痛の発生に関与していることが認識されている。腰痛の原因が特定できない非特異的腰痛は、炎症や虚血が生じたTLFにおいて何らかの病態変化が生じ惹起されると報告されているが、その具体的なメカニズムは明確ではない。本研究は、TLFに対し、細胞外基質成分(ECM)であるMatrigel(Corning® マトリゲル基底膜マトリックス)を注入し、TLFに及ぼす影響を分析することを目的とした。

【方法】
Wistar系雄性ラット9匹を用いた。手順として、皮膚を切開し、TLFを露出した後、L1-L5棘突起の近傍を基準とし、Fasciaの最表層へ生理食塩水(;Con群)およびMatrigel(;MG群)をそれぞれ注入した。その後、再度皮膚を縫合し、通常飼育を行った。注入の12h、24h、72h後に、超音波画像診断装置を用いて対象部位を観察した後、安楽死させ、対象部位を摘出した。その後、凍結切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、マッソントリクローム(MT)染色を実施した。本実験は、畿央大学動物実験委員会の承認を得て実施した(承認番号:H30-09d)。

【結果】
超音波エコーによる観察において、MG群では、Con群と比べ、24h、72h後に低輝度の組織変化が描出された。72h後では特に、低輝度の組織変化が広範囲に描出された。HE染色において、MG群では、Con群と比べ、空洞化された組織変化が広範囲に生じた。また、MT染色において、MG群では、Con群と比べ、膠原線維様の存在が広範囲に確認された。

【考察】
本実験において、MG群では、Con群と比べ、マトリゲルの存在が広範囲に確認された。Matrigelは、TLFの基質となり、線維芽細胞を誘導し、組織の癒着、緻密化等、何らかの組織変化を引き起こす可能性が十分に考えられる。この所見をもとに、さらに長期的に組織学的・生化学的検討を行い、この変化を捉えていきたい。

尚、本実験は、2019年度 一般社団法 日本整形内科学研究会(JNOS)研究支援制度を受けて実施しました。ここに深謝いたします。

[一般演題6] 変形性膝関節症における膝蓋下脂肪体の線維化と低酸素状態の関連性(北川 崇)

【タイトル】変形性膝関節症における膝蓋下脂肪体の線維化と低酸素状態の関連性
【演者】北川 崇
【所属】森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科

【抄録】

【はじめに】
変形性膝関節症(膝OA)における膝蓋下脂肪体(IFP)の線維化は,膝OAの病態進展の鍵となる変化であるとされているがその機序は十分に解明されていない.一方で関節拘縮における滑膜組織において低酸素状態で誘導される低酸素誘導因子(HIF-1α)が活性化され線維化を呈すること,また低出力超音波パルス療法(LIPUS)はこれらを抑制することが示めされている.そこで本研究では,膝OAにおけるIFPの線維化とHIF-1αの関連性,さらにLIPUSの影響を明らかにすることを目的とした.

【方法】
8週齢のwister ratの両側膝関節内へカラゲニンを注射し,膝OAモデルを作成した.経時的に組織を採取し,IFPの線維化をSirius Red(SR)染色にて組織学的に解析した. HIF-1α,結合組織成長因子(CTGF), 血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の遺伝子発現についてReal time PCR法を用いて解析した.さらに本モデルに 2週間LIPUSを照射し,同様の解析を行った.得られた各結果に対して統計学的処理を行った.本研究は森ノ宮医療大学動物実験倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:2019A001).

【結果】
カラゲニン投与後HIF-1α,CTGF,VEGFの遺伝子発現が1週目から有意に増加した.SR染色面積も有意に増加しており,線維化が生じていることが示された.これに対しLIPUS群ではHIF-1α,CTGF,VEGFの遺伝子発現は有意に抑制され,SR染色面積も有意に減少しており,線維化が抑制されていた.

【考察】
今回SR染色や遺伝子発現の解析結果から,IFPにおける線維化にHIF-1αが関与していることが示された.このことは,IFPにおける炎症は組織に低酸素状態を形成し,IFPに大きく器質的な変化をもたらすことを示唆している.またLIPUS照射によりHIF-1αの発現ならびに線維化が抑制されたことから,LIPUSはHIF-1αの発現や機能を制御することでIFPの線維化を抑制する作用を持つことが示された.

【結論】
膝OAモデルのIFPの線維化に低酸素状態が関与することが示された.またLIPUSはHIF-1αの発現ならびに線維化を抑制する作用を持つことが示唆された.

【備考】
本研究は一般社団法人日本整形内科学研究会(JNOS)研究助成JNOS202002の助成を受けたものです.

[研究助成演題

本指定演題は、2021年度 一般社団法人日本整形内科学研究会(JNOS) 研究支援制度で受賞した方々による発表です(プロトコールなど計画および進捗状況の発表)。

【座長】並木宏文 (JNOS理事,地域医療振興協会 公立久米島病院 副院長), 今北英高 (JNOS理事,畿央大学大学院 健康科学研究科 教授)

[指定演題1] 自己免疫性疾患における筋膜炎と痛みの関連(野田健太郎)

【タイトル】自己免疫性疾患における筋膜炎と痛みの関連
【演者】野田 健太郎
【所属】東京慈恵会医科大学 内科学講座 リウマチ・膠原病内科

【抄録】

我々は、MRIにて筋膜病変が疑われる患者より皮膚から筋組織を一塊にして摘出するen bloc生検を行うことにより、皮膚筋炎において筋膜炎は発症早期より高頻度にみられる病変であることを明らかにした(Yoshida K, et al. Arthritis Rheum. 2010;62:3751-9)。さらに、皮膚筋炎の筋膜の病理組織においては血管新生が見られ、(Yoshida K, et al. Arthritis Res Ther) power Doppler ultrasonographyにて筋膜の血流増加を検出することが可能である(Yoshida K, et al. Arthritis Rheum. 2016;68:2986-91)ことを報告した。また、皮膚筋炎、多発筋炎において筋膜炎は筋炎より疼痛に関与することを報告した(Noda K, et al. J Rheumatol. 2017;44:482-487)。

筋膜炎が筋炎より疼痛を感じやすい理由として、筋膜において感覚神経の密度が筋肉より多いことが想定されている。最近、ラット実験的筋膜炎モデルにおいて、筋膜における感覚神経の増加が報告された(Hoheisel U et al, Neuroscience. 2015;300:351-9)。我々は、ヒト筋膜炎においても感覚神経密度の増加が生じており炎症の悪化や疼痛の悪化に関与するという仮説をたてた。しかし、ヒトにおいて炎症の生じた筋膜における感覚神経密度の変化と疼痛、炎症への関与は依然として不明である。そこで、我々は筋炎、筋膜炎が疑われen bloc生検施行した組織において感覚神経密度を検討し、疼痛、病態へ影響を検討する予定である。

筋膜炎は全身性エリテマトーデス、強皮症、混合性結合組織病などの自己免疫疾患、TNF受容体関連周期性症候群(TRAPS)などの自己炎症性疾患、移植片対宿主病(GVHD)や免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE)においてもみられることが報告されており、決して稀な病態ではない。筋膜は免疫疾患の標的臓器の一つであり、筋膜の炎症は疼痛に関連することを強調したい。

[指定演題2] 低出力超音波パルスは滑膜のマクロファージの形質転換を促進するか?(工藤慎太郎)

【タイトル】低出力超音波パルスは滑膜のマクロファージの形質転換を促進するか?
【演者】工藤慎太郎
【所属】森ノ宮医療大学インクルーシブ医科学研究所 所長

【抄録】

変形性関節症(以下OA)では骨軟骨の器質的変化のみでなく,靱帯,関節包,滑膜,脂肪体といった結合組織においても退行性変化が生じる.しかし,OAにおいて,どのように滑膜や脂肪体をはじめとした結合組織に病態が進展するかは明らかではない.我々は,昨年度の本研究助成を受けた研究において,変形性膝関節症モデルラットでは,滑膜の外層にマクロファージが凝集し,脂肪体に線維化が進展することを確認した.OAにおける滑膜炎にマクロファージが強く関与することについては,以前から指摘(Bone. 2012)されていたが,近年マクロファージのサブタイプの存在や形質転換についての報告が散見され ,炎症性サイトカインを産生するM1タイプが病態進展に強く関与していること(Ann Rheum Dis. 2018, Am J Transl Res. 2020, Front Vet Sci. 2020)も示されている.さらに薬剤によりM1マクロファージからM2マクロファージへの形質転換を行うことで,滑膜炎ならびに関節軟骨障害を抑制できる可能性についても報告されている(Arthritis Research & Therapy, 2021).またOAに対する理学療法は物理療法や運動療法により,組織に対して力学的刺激を加えることで,組織や細胞の変化を起こしていると考えられる.しかし,現状は対症療法的に行われており,関節軟骨の変性や滑膜における炎症,線維化などの本質的な病態を改善させるevidenceを示すに至っていない.我々は,昨年の本研究助成を受けた研究課題において,低出力超音波パルス療法(LIPUS)によって,低酸素を改善させることで線維化を抑制できることを示した.低酸素誘導型転写因子の1つであるHIF1-αは炎症惹起型マクロファージ(M1マクロファージ)を活性化することが知られている.つまり,低酸素環境とマクロファージ活性には関連があり,LIPUSにはマクロファージ活性の抑制,特にM1とM2マクロファージの形質転換を促進している可能性に注目した.

本研究の目的はOAの滑膜炎において,LIPUS照射がマクロファージ(M1/M2)の形質転換を促進することを明らかにする.

[指定演題3] 膝前十字損傷後の保存療法の実用化に向けた関節運動に伴うメカニカルストレスの役割:研究プロトコル(村田 健児)

【タイトル】膝前十字損傷後の保存療法の実用化に向けた関節運動に伴うメカニカルストレスの役割:研究プロトコル
【演者】村田 健児
【所属】埼玉県立大学 保健医療福祉学部 理学療法学科

【抄録】

背景および目的

膝関節前十字靭帯(ACL)は内側側副靭帯と異なり、保存療法によって治癒するという確固たる証拠がないことから外科的再建術を選択せざるを得ない。我々はこれまで治癒しないとされてきたACLについても他靭帯組織と同様な治癒能力を有することを報告した。一方、ACLの保存療法が断裂後治療の一選択肢と定着するためには検討すべき課題は多い。例えば、ACL自己治癒ラットモデルを利用した予備研究では、膝関節完全にギプス固定することで靭帯強度は低下した。また、治癒ACLが正常ACLのような線維芽細胞の配向性を再現できず、断端部が膝蓋下脂肪帯や滑膜といったファシアに牽引された組織像が観察され、治癒されるべき靭帯線維芽細胞の配向性や強度の改善を阻害している可能性がある。このため、靭帯治癒には関節運動を伴う適切な方向にメカニカルストレスが必要であり、延いては靭帯強度の改善につながると仮説立てた。今回、研究助成計画書における治癒靭帯に対するメカニカルストレスの役割を明らかにするために、(1) ACL由来線維芽細胞に対する伸張刺激が靭帯構成組織の遺伝子発現に及ぼす影響、 (2) ACL自己治癒ラットモデルに対する関節固定が靱帯強度に与える影響についてin vivo、in vitro研究プロトコルを紹介する。

方法

倫理的配慮については、学内動物実験倫理審査会の承認を得て実施する。
(1) Wistarラット4週齢のACLを採取し、コラゲナーゼ分散法によってACL由来線維芽細胞を採取する。細胞は第1継代まで増殖させた後、伸張が可能な専用チャンバーに細胞を1.5×105個播種し、24時間後に持続的伸張ならびに間欠的伸張刺激を伸張時間30、60で負荷する。負荷後0、3、6、12時間経過時点で接着細胞からTotal RNAを採取し、Col1a1Col3a1TGF-βELNについてリアルタイムPCR法で遺伝子発現量を調査する。
(2) 先行研究に基づきACL自己治癒ラットモデル(n=48)を作成し、自由飼育群と関節を固定用ピンとキルシュナー鋼線を用いて固定する固定群に分類する。術後8・12週間で、力学試験による靭帯剛性を算出、遺骸靭帯含有コラーゲンをシリウスレッド、エラスチンはポルフィリン類化合物による比色法で定量する。組織学的解析はパラフィン包埋による組織切片を作成し、HE染色ならびに偏光顕微鏡によるコラーゲンの解析を行う。

 

現在の進行状況

ACL由来線維芽細胞はラットACLから採取し、Vimentinによる線維芽細胞の分化を確認した。また、細胞伸展装置を作成し、細胞伸展実験の予備実験を開始した。

3)2021年11月28日(日)  第2回日本ファシア会議

 [特別講演] Fasciaを考慮した骨折に対する機能解剖学的運動療法(松本正知)

【タイトル】Fasciaを考慮した骨折に対する機能解剖学的運動療法
【演者】松本正知
【所属】桑名市総合医療センターリハビリテーション科・理学療法士、)早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
【座長】吉田眞一 (JNOS理事・東海北陸ブロック長、よしだ整形外科クリニック 院長)

【抄録】

骨折治療に対する運動療法の目的は、骨癒合を妨げることなく、修復過程を考慮し可動域制限つまり拘縮を予防し改善する。そして、筋力を回復し、ADLやQOLを改善することにある。骨折の治療であるため骨癒合を得ることを優先し、ある程度の拘縮は覚悟する必要がある。しかし、その発生は、可能な限り少なく理論的であることが望ましい。また、骨折に伴う骨の形態変化や位置関係の変化が、軟部組織にもたらす影響を考慮する必要がある。

運動療法を施行するに当たり、fasciaの捉え方と構造の考え方が重要と思われる。演者は、骨折後の運動療法に関わるfasciaを、「皮下組織」、「深筋膜」、「筋間や筋と骨との間に存在する結合組織と脂肪組織」、「筋上膜」、「筋周膜」、「筋内膜」、「神経外膜(paraneurium)」、「神経上膜」、「神経周膜」、「神経内膜」「血管の周囲に存在する結合組織と脂肪組織」と捉えている。特に、「皮下組織」、「筋間や筋と骨との間に存在する結合組織と脂肪組織」、「神経外膜」、「血管の周囲に存在する結合組織と脂肪組織」の構造をtensegrity structureと考え、修復過程と共にfasciaによる拘縮の予防と改善のための運動療法を立案している。tensegrity structureは、Richard Buckminster Fuller(1962)により命名された造語であり、生体に当てはめれば、適度な柔軟性、伸張性、滑走性、支持性が同時に必要な構造と言い換えられるのではないだろうか。骨折に伴う組織の損傷や手術侵襲の影響、炎症の波及をfasciaの構造と共に推測すると、急性期であれば、炎症に伴う腫脹などによりその安定性は低下し、同部を走行する神経だけでなく感覚受容器への刺激も加わり、痛みを助長する可能性がある。また、時間の経過と共に、拘縮の原因となる可能性があり、滑走性の低下、癒着などで神経や脈管系の圧迫や滑走障害、虚血、感覚受容器への刺激などをもたらす可能性がある。

fascia性の拘縮の予防と改善のための運動療法は、構造的な変化と時間的な変化を基に、拘縮の発生する順番を考え立案すべきである。今回は、私見として運動器に関わるfasciaの構造と運動療法への展開について各論を交え述べると共に、骨折に伴う骨の形態変化や位置関係の変化がfasciaにもたらす影響についても述べさせて頂く。

シンポジウム1 – テーマ:Fascia局所治療のメカニズムを考える

【座長】今北英高(畿央大学大学院 健康科学研究科 教授), 白石吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与)

 [シンポジウム1-1] 膝関節不安定性を制動する装具療法と関節内組織修復能への影響(金村尚彦)

【タイトル】膝関節不安定性を制動する装具療法と関節内組織修復能への影響
【演者】金村尚彦
【所属】埼玉県立大学保健医療学部理学療法学科教授

【抄録】

膝関節不安定性を引き起こす疾患例として膝前十字靭帯損傷と変形性膝関節症がある。

膝前十字靭帯損傷は、膝関節外反や過伸展の矯正などにより引き起こされる。一方、変形性膝関節症の発症要因は、年齢、肥満、女性であることに加えて、膝関節外傷(靭帯損傷、半月板損傷、靭帯再建後など)の関節不安性が指摘されている。前十字靭帯は、血行に乏しく、損傷後の鋳型の形成が困難であり靭帯修復能が低く、靭帯再建術が治療のゴールドスタンダードとされている。また関節軟骨は一度損傷すると修復されない。過度なメカニカルストレスや炎症が惹起されると軟骨破壊が進行する。

我々は、不安定な膝関節に対し制動を行う関節制動動物モデル(前方制動)を開発し、膝前十字靭帯損傷の自己修復能や軟骨の変性遅延について報告してきた。膝関節の異常な関節運動を抑制し正常な運動を行うと、靭帯は自己治癒する(Kokubun 2016)。急性期における異常関節運動の正常化は、靭帯の治癒を導く(Nishikawa 2018, Morishita 2019)、前十字靭帯損傷の約90%にあたる大腿骨側と中央部損傷のどちらにおいても自己治癒する(Kano 2012)関節不安定性を制動すると、関節軟骨変性の遅延、炎症の抑制、滑膜の線維化誘導因子や骨形成因子を抑制する(Murata 2017,2019).半月板角部を損傷した後、関節を制動するモデル(膝関節回旋制動モデル)においても関節軟骨の変性が抑制される(Arakawa ,Preprint 2021)。

膝前十字靭帯損傷の装具療法において Ihara(1996、2016)らは、Kyuro装具を開発し、保護的早期膝運動により膝前十字靭帯損傷が自然治癒することや、靭帯の治癒は、患者の年齢と損傷部位影響を及ぼしているとし、またJacobi(2016)らは、ACL-Jack Braceを開発し、前十字靭帯の自己治癒例を報告している。それぞれの装具の構造は異なるが、膝関節の前方引き出しを抑制する点が共通コンセプトである。

変形性膝関節症について日本整形外科学会変形性膝関節症診療ガイドライン策定委員会による適合化版2012において、軽度から中等度の内・外反変形膝関節症患者に対して疼痛の緩和や安定性の改善、転倒リスクの低下(推奨度B)とされている。

関節に負荷される圧縮や剪断力など過度なメカニカルストレスが加わると、組織修復が困難になる。前十字靭帯損傷後や変形性関節症を重症化させないためにも、関節不安定性を制動する装具が、関節運動学や関節生物学の視点に基づいた関節内組織の修復能を高める関節内環境を考慮する事が重要である。

 [シンポジウム1-2] 発痛源はファシアか神経か~構造と機能の言葉で整理する~(小林只)

【タイトル】発痛源はファシアか神経か~構造と機能の言葉を整理する~
【演者】小林只
【所属】JNOS 理事・学術局長、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師

【抄録】

発痛源source of painは「どこ」か?2020年、国際疼痛学会で、心因性疼痛・非器質的疼痛の代わりに 痛覚変調性疼痛 Nociplastic pain(以前は侵害可塑性疼痛とも称されていた)が採用された。「心」は全ての疼痛に関わり、発痛源を修飾する要素とされた。それでは侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性とはいずれも「病態(機能)」を示すが、各病態が生じている場所(構造)は「どこ」だろうか?

自由神経終末が分布する構造は発痛源となりうる。つまりファシア、末梢神経、靭帯、関節包、腹膜など、いずれの構造も発痛源になりうる。仮に、発痛源が「神経(受容器)」という自由神経終末と表現されるならば、上記構造は全て「神経の痛み」と表現され、臨床医学における発痛源は全てが「神経の痛み」とされてしまう。これは、全ての痛みは「心が原因」と表現することと同程度の誤認だろう。

ファシアと末梢神経は連続構造である。「神経」に係る言葉を整理すれば、システム(機能)の言葉「神経系」、肉眼解剖上の言葉「末梢神経」、ミクロ解剖上の言葉「神経線維」となる。なお自由神経終末の「終末ending」は「中央」「端」のように相対的な位置関係を示す概念語であり「構造を示す言葉」ではない。末梢神経の本当の終末構造は電子顕微鏡で確認できる侵害受容グリア・神経細胞複合体かもしれないが(Science 365(6454):2019.695-9)、少なくともMRIやエコー等の臨床で活用される画像診断機器では可視化できない。

「神経線維+ファシア」で構成される末梢神経に対する治療手技として、「神経ブロック」は神経線維の神経伝導遮断、「ハイドロダイセクション」は末梢神経を開放するための周囲組織切除、「リリース」は末梢神経を構成するファシア自体が治療対象、と区別すること重要である。

参照:JNOSホームページ 2-3 Fasciaの異常とは?

 [シンポジウム1-3] ファシアの視点から考察する、経穴と経絡(須田万勢)

【タイトル】ファシアの視点から考察する、経穴と経絡
【演者】須田万勢
【所属】諏訪中央病院 リウマチ膠原病内科医長

【抄録】

経穴は押したときに様々な効果がある「ツボ」として一般に認知され、本邦で浸透している概念である。一方、経絡は経穴が配置されたルートであるが、日常感覚的に理解が難しい、東洋医学的における作業仮説の体系である。西洋医から見ると、鍼灸がなぜ効果を発揮するのかは理解不能であり、それゆえ時として「怪しい」治療として敬遠されることもある。しかし、経穴、経絡は周囲に比して電気抵抗が低いという研究など、部分的にそれらの特徴を「見える化」する方法は少なからずあり、決して科学的研究の糸口がないわけではない。

西洋医学者はここ100年の間、電気生理学などの様々な方向から多面的に経穴・経絡の解明をすべく研究を重ね、一定の成果を得てきた。

そこで本発表では、まずこれらの研究の歴史を概括する。次に、局所の出血がどのようなルートを通って広がるかの観察から、経絡のマクロ解剖学的な検討を、またファシア内の自由神経終末や機械刺激受容体の視点から、経穴のミクロ解剖学的な検討を行う。実際、ファシアと経穴・経絡という概念は機能的にも実にオーバーラップしている。最後に、「神経性炎症(neuroinflammation)」、「neural acupuncture unit」という視点で経穴の病理学的な検討を行い、統合的な経穴・経絡の理解につなげたい。

 [シンポジウム1-4] 感性工学の観点からFascia局所治療のメカニズムを考える(銭田良博)

【タイトル】感性工学の観点からFascia局所治療のメカニズムを考える
【演者】銭田良博(理学療法士・鍼灸師・工学修士)
【所属】JNOS副会長・理事・運営管理局長・九州沖縄ブロック長, 株式会社ゼニタ代表取締役

【抄録】

感性工学(Kansei Engineering/Affective Engineering)とは、『五感(触覚・嗅覚・味覚・視覚・聴覚)を工学する学問』である。具体的には、人間の感性という主観的で論理的に説明しにくい反応を科学的手法によって価値を発見し活用することによって社会に資することを目的とした学問である、と言える。

感性工学には、「心地よい・楽しい・痛い」といった人間の嗜好やフィーリングを分析・反映する手法がある。私は現在、①Fascia、②セラピスト(治療家)のスキル、③Fasciaに対する物理療法および運動療法、に係る感性工学的エビデンスの構築をテーマに研究を進めている。例えば、徒手的運動療法(マッサージも含む)やエコーガイド下触診は、応力(=内力)によりFasciaを含む軟部組織が様々な生体反応を引き起こしているとも言える。加えてFasciaの病態については、『癒着=くっつく』だけでなく、『ねじれる』『破れる』『縮む』『伸びる』『網目にゴミ(異物)が入る』という状態も存在すると考えるのが自然である。今回は、Fasciaに関する感性工学的研究の一部を紹介する。皆様の日頃の臨床に少しでもお役に立てれば幸いである。

 [シンポジウム1-5] Fasciaに対する運動療法2021(辻村孝之)

【タイトル】Fasciaに対する運動療法2021
【演者】辻村孝之
【所属】JNOS 理事・関西ブロック副部長, フィジオ,合同会社PROWELL

【抄録】

Fasciaは、解剖学的にも機能的にも重要な役割をもつ、ネットワーク機能を有する目視可能な線維性複合体であると表現される。演者は第1回日本ファシア会議において、Fascial Pain Syndromeの病態仮説と運動療法のポイントについて考察した(リンク)。今回は、Fasciaに対する運動療法2021と題し、Fasciaの重要な機能である固有受容感覚と姿勢制御への観点について、演者が臨床で実施している評価法と介入・治療法の具体例をあげ、考察とともに紹介する。

シンポジウム2 – テーマ:Fasciaに注目した手術療法を考える

【座長】洞口敬(JNOS副会長・理事、B&Jクリニックお茶の水 院長), 小林只(JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院総合診療部 学内講師)

 [シンポジウム2-1] Fasciaに注目した手術療法を考える ―前立腺全摘術を通した“膜”認識の検討:筋膜とfasciaの間で―(川島清隆)

【タイトル】Fasciaに注目した手術療法を考える ―前立腺全摘術を通した“膜”認識の検討:筋膜とfasciaの間で―
【演者】川島清隆
【所属】熊谷総合病院 泌尿器科

【抄録】

前立腺癌に対する手術療法である前立腺全摘術は、限局癌でも根治できないことのある難易度の高い特殊な手術である。前立腺は血管網に包まれて狭い骨盤底に位置し、周囲臓器に強固に癒合しているため、確実に摘出することが難しく、開腹手術では出血が多く、侵襲も大きかった。ロボット支援下手術の導入によって、前立腺周囲の膜の解明が進み、多関節鉗子や立体視などの技術は精密な手術を可能にするとされたが、肝心の根治性は開腹手術と比べて現在まで向上を見ていない。確実な摘出のためには、手術精度の本質的な向上が必要であり、そのためには臓器を包み、分ける結合組織の正しい認識と、精密な剥離が必要である。長年、剥離のメルクマールとされる筋膜の認識の曖昧さは外科手術における大きな問題である。

ロボット手術時代に前立腺周囲の筋膜による多層構造理論が提唱され、気腹による無血の術野で、拡大立体視を行っても、依然筋膜の認識は曖昧なことも多く、術者間で認識の相違も多い。また、膜様に見えない脆弱な組織は疎性結合組織とされ、脂肪は結合組織としては捉えられない事が多い。筋膜、結合組織については用語が正確に使用されず、その都度、都合の良いように使用されており、このことが解剖の正しい共通認識を阻んでいるように思われる。人体構造の解明はマクロ解剖、ミクロ解剖、分子生物学などと進歩しているが、結合組織、細胞外マトリクスの認識は治療(手術や施術)や研究の立場、認識のレベル(マクロ、ミクロ)によってまちまちであるように思われる。このような中で、特定の形を有しない(パターン認識のしにくい)結合組織の本質の正しい認識は容易ではない様に思える。

手術においては、筋膜という用語の使用を止め、fasciaという用語を用いただけでは乗り越えられない壁があるように思われる。新しいfasciaの概念はこれらの問題を解決する可能性があり期待されるが、その本質の正しい理解の為には、既存の論理体系では不充分な様に思われる。手術において、これまでの筋膜という概念を離れ、(線維性)結合組織/支持組織として、さらに細胞外マトリクス(+線維芽細胞などの細胞)として力学的ならびに機能的にその構造全体を理解することができれば、手術の精度は向上し、真の低侵襲性に繋がると考える。泌尿器科の前立腺全摘術を通して、新しいfasciaの概念の理解を元に、解剖を再考し、より精緻で低侵襲な手技について検討する。

 [シンポジウム2-2]Fasciaに注目した手術療法を考える(洞口敬)

【タイトル】Fasciaに注目した手術療法を考える- 整形外科手術後の関節可動域制限の因子
【演者】洞口敬
【所属】JNOS副会長・理事、社会福祉法人 B&Jクリニックお茶の水 院長

【抄録】

整形外科領域の術後合併症の1つに、 関節拘縮による関節可動域低下がある。その原因には、関節構成組織の柔軟性低下,組織間癒着、あるいは不適切な縫合などが挙げられる。

術後の関節拘縮の予防策の一つに早期の可動訓練があるが、手術の種類や患部の状態に応じた固定・安静期間を要する場合もあり、術翌日から開始できないことも多い。

理学療法士は、可動域訓練の際に様々なアプローチを行う。その一つに皮下組織含むfasciaへの介入がある。

組織間癒着には、筋間、靭帯と周囲組織間などがあるが、皮下組織自体の柔軟性低下に対する整形外科医の認識は高いとは言えない。

整形外科医は術後血腫形成や感染を予防するために死腔を作らない手技を重要視する。

よって、皮下のLAFS(Lubricant Adipofascial System)や関節近傍の脂肪組織(fat padなど)に関連したfascia機能の温存にはそれほど注意を払わずに手術を実施している。

これらfasciaの機能温存は、関節拘縮の予防に加えて術後疼痛改善にも役立つと考える。

組織の柔軟性(伸張性や滑走性)を担うLAFS、fatpad、滑液包、疎性結合組織といったfasciaの存在を意識し手術を行うことが、術後の創部およびその周囲組織の速やかな機能回復、さらには患者のADL改善にも大切になるだろう。

 [シンポジウム2-3] Fascia(ファシア)の変化を知り婦人科手術に活かす(谷村悟)

【タイトル】Fascia(ファシア)の変化を知り婦人科手術に活かす
【演者】谷村悟
【所属】富山県立中央病院 産婦人科 部長

【抄録】

はじめに:産婦人科領域は骨盤臓器脱や子宮内膜症などの良性QOL疾患を対象とした手術も多いが、その痛みや不快感の原因も明らかでなかった。また手術において剥離が難しいケースがあったがその理由も分からなかった。Fasciaの概念はこれらの問題解決の糸口になり得る。

骨盤臓器脱:従来の解剖学において膀胱腟間に強固な膜があり、その損傷が臓器脱の原因であるとされてきたが、膜の存在には議論があった。私たちは臓器脱の膀胱腟間ではfasciaの構造が変化し、いわゆる膜化することを画像で示し得た。剥離が難しく、時に剥離層の間違いと指摘されていた状況はfasciaの変化であった。適切なテンションをかけても剥離可能層は狭く、ロボットのように繊細な切開手技が活きる。Fasciaの変化は膀胱腟間の動的調和を喪失させ、性交痛や排尿痛などの症状を引き起こすのかもしれない。また骨盤臓器の支持は骨・筋肉・靱帯が担うとされてきたが、fasciaの支持機能にも注目している。

子宮内膜症:骨盤腹膜に異所性に子宮内膜が着床し痛みを起こすとされてきたが、私たちは腹膜背側のfasciaが変化し剥離困難になるとともに、慢性の骨盤痛を引き起こすと考えている。Fasciaの変化により周囲の膀胱や直腸の症状も呈する。

子宮筋腫:筋腫核と正常筋層の間にはmyoma pseud capsule(MPC)と呼ばれる疎な構造が存在し、創傷治癒や妊孕性温存のためには子宮側に残す手術が推奨されつつある。MPCはextracellular matrixでありfasciaの概念に該当すると思われ、その拡大画像はfasciaそのものであった。また子宮筋腫は変性し核出が困難になるが、それもMPC=fasciaの変化が原因であった。

おわりに:2021年9月の日本産科婦人科内視鏡学会において「Fasciaと膜を理解し、MIS(minimal  invasive surgery)を極める」と題したシンポジウムが設けられた。産婦人科領域で初めてfasciaを冠したセッションである。Fasciaの概念は婦人科手術を確実に進化させている。

 [シンポジウム2-4] ファシアリリースを考えた眼瞼下垂症手術(高田尚忠)

【タイトル】ファシアリリースを考えた眼瞼下垂症手術
【演者】高田尚忠
【所属】高田眼科 院長

【抄録】

【背景】様々な要因により、瞼が開きにくくなる疾患を眼瞼下垂症と言います。10年ほど前にテレビで「眼瞼下垂症』を特集されたことをきっかけに、徐々に脚光を浴びて来ている疾患です。保険診療上、眼瞼下垂手術は、視野狭窄を改善するという意味で視機能の改善を目的として行われておりますが、顔面の手術ということもあり、どうしても、美容的な要素も求められる手術でもあります。眼瞼下垂手術で、もっとも基本となる手術方法に眼瞼挙筋腱膜前転法がありますが、比較的簡便で侵襲性の少ない手術ではありますが、症例によっては、十分に開瞼幅が確保できないという矯正不足の問題もあります。

【方法】 当院では、そういった眼瞼挙筋腱膜前転法では、十分に開瞼幅を改善しにくい症例に対して、挙筋腱膜と眼窩脂肪との境界のファシアを十分に剥離(リリース)し、眼瞼挙筋腱膜の可動性を確保することで、手術成功率を大きく改善することを発見しました。眼窩脂肪は、挙筋腱膜の全面を覆う様に存在し、網目状のコラーゲン組織:ファシアにより挙筋腱膜に付着しております。結果、瞼を挙上するために眼瞼挙筋が収縮する際、常に眼窩脂肪との間で強いひっかかりが発生し、眼瞼挙筋の可動制限が発生しております。眼瞼挙筋腱膜前転法では、挙筋腱膜を折り畳む(前転する)ようにして、瞼板に固定するのですが、ファシアをリリースしていると、挙筋腱膜の可動性(ひっかかり)が良くなるため、リリースしてない場合と比べて、格段に少ないテンションで固定が出来ます。

【結果】 当院では、この1年間で1000件以上の眼瞼下垂症手術を行なっておりますが、先天性眼瞼下垂症、他院修正手術などの特殊な症例を除いて、ほとんどの症例において、ミュラー筋タッキング、眼瞼挙筋短縮法、前頭筋吊り上げ術などを行わずに、眼瞼挙筋前転法のみで行っており、そして、十分な開瞼幅を確保できております。

【考察】 最近、眼形成の分野では、ミュラー筋タッキングが主体となっており、結果が不安定だとして眼瞼挙筋腱膜へのアプローチは補助的に行うような考え方が主流になってきております。ただ、ミュラー筋は自律神経支配の筋肉であるため、ミュラー筋タッキングでは、時折、術後眼瞼痙攣(眼瞼けいれん)の合併が生じ、治療に難渋するケースを経験いたします。当院では、眼瞼挙筋腱膜前転法にファシアリリースの操作を加えることで、眼瞼挙筋前転法の結果が安定し、結果として術後の合併症が減ると考えております。

 [シンポジウム2-5] 術後痛に対する新しい治療法(木村裕明)

【タイトル】術後痛に対する新しい治療法
【演者】木村裕明
【所属】JNOS 会長・代表理事、木村ペインクリニック 院長

【抄録】

新国際疾病分類 ICD–11において, 国際疼痛学会(IASP)による「慢性疼痛分類」が独立した項目として承認され,慢性疼痛は 「 3 ヵ月以上継続または繰り返す疼痛」 とされた。その結果、3ヵ月以上遷延する術後痛を慢性術後痛(chronic postsurgical pain : CPSP)と定義された。慢性術後痛の治療法として従来、①神経ブロック(硬膜外ブロック、末梢神経ブロック等)、②内服治療(抗不安薬、抗うつ薬等)、③認知行動療法が一般的であるが、それでも軽快しない例も多い。一方、近年、慢性疼痛を含む痛みの原因としてfasciaが注目され、その治療法として我々は、エコーガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)を考案し、様々な治療部位を報告してきた。

今回、慢性術後痛、特に創部痛に対するUS-FHRの応用方法を紹介する。具体的には、fasciaを中心とした発痛源の評価(創部自体の皮膚・皮下組織・筋膜・末梢神経・壁側腹膜、創部周囲組織、創部により二次的に生じた遠方部位から関連痛)、および治療手技のコツについて事例とともに提示する。