第6回学術集会・第4回日本ファシア会議に関する情報はこちら。
Contents
- 1)2023年11月25日(土)第6回JNOS学術集会 【大会長講演・特別講演・教育講演・基調講演】
- 2)2023年11月26日(日) 第6回JNOS学術集会
- [教育講演II] 総合診療医が診る「臓器横断的な機能性疾患」としての慢性疼痛(佐藤 健太)
- [教育講演 III] 足の診療 硬性立体インソール(岡部大地)
- [パネルディスカッション] – 最新運動器 診療の全貌
- [教育講演IV] 運動器疼痛 オーバービュー(小林 只)
- [研究助成演題]
- 教育講演
- [出版記念シンポジウム] – 運動器リハビリテーションに役立つFasciaのみかた・とらえかた
- [シンポジウム1] 女性のホルモン変動とfasciaの機能・構造変化:健康への影響とケアの重要性 (半田 瞳)
- [シンポジウム2]さまざまな発痛源評価とその活用(黒沢 理人)
- [シンポジウム3] Fascial painに対する物理療法(渡邉 久士)
- [シンポジウム4] セルフケア・生活指導 (逆瀬川 雄介)
- [シンポジウム5] Fasciaに対する作業療法 (青木啓一郎)
- [シンポジウム6] 運動器リハビリテーション概論とファシアを考慮した理学療法(辻村 孝之)
- [シンポジウム7]「Fasciaと術後リハビリテーション」「Fasciaに関連する運動器疾患の評価」「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」 (銭田 良博)
- 各種Fascia情報
1)2023年11月25日(土)第6回JNOS学術集会 【大会長講演・特別講演・教育講演・基調講演】
[大会長講演] 総合診療医は日本の医療を救うか (白石吉彦)
【タイトル】総合診療医は日本の医療を救うか
【演者】白石 吉彦
【所属】JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与
【座長】洞口 敬 (JNOS副会長・理事・関東・甲信越ブロック長、社会福祉法人みどり福祉会 B&Jクリニックお茶の水 院長 /日本大学病院 整形外科・スポーツ整形外科 非常勤講師)
【抄録】
内科系総合診療医として離島医療にかかわるなか、2010年に腹部外科医の撤退を契機に内科小児科以外の処置系の外来を行うこととなった。もともと消化器循環器系の医局に所属していたこともあり超音波検査は身近なものであったが、運動器に対する超音波診療を開始することはそれなりにハードルが高かった。城東整形外科で5日間の研修ののち、本格的に診療開始した。当初は解剖学、療法士の触診技術、そして区域麻酔などの先人の書籍で知識の習得をしながら、患者の声に耳を傾けながら診療を続けている。その中で整形内科学研究会でのディスカッションが診療技術を高めたことは言うまでもない。
日本全体、特に首都圏以外を見渡した時に、県庁所在地から少し離れると人口減少は著しい。1万人を切る町村では100床の病院の維持は困難で、50床の病院、あるいは有床診療所となる。小規模の医療機関で医療を継続的に提供するためには内科疾患はもとより運動器診療、小児診療が可能な総合診療医の存在は必須である。将来の日本の縮図であるへき地での実践を行いながら、今後も運動器の診療を行える総合診療医の育成にまい邁進したいと考えている。
[会長講演] 木村 x 奥野 血管リリース法 v.s. 動注療法(肩)
【タイトル】木村 x 奥野 血管リリース法 v.s. 動注療法(肩)
【演者1】木村 裕明
【所属1】JNOS 会長・代表理事、木村ペインクリニック 院長
【演者2】奥野 祐次
【所属2】JNOS 会員・オクノクリニック 院長
【座長】洞口 敬 (JNOS副会長・理事・関東・甲信越ブロック長、社会福祉法人みどり福祉会 B&Jクリニックお茶の水 院長 /日本大学病院 整形外科・スポーツ整形外科 非常勤講師)
【抄録】
近年、我々は凍結肩における可動域制限に対して、Fasciaハイドロリリースとマニピュレーションを同時に施行するパッシブリリース®を行っている。この手技は、可動域制限の原因となっているFascia(主に関節包)にテンションをかけながら、リリースするものである。この手技の利点は、神経根ブロックを必要としないため、非常に安全なことにある。また原因となっているFasciaをリリースできると即座に可動域が改善するため、経験を重ねると原因となるStacking fasciaがどこに出来やすいかが分かってくる。
このパッシブリリースは、痛みが強い場合には施行できない。この場合は、血管周囲のFasciaハイドロリリース(血管リリース)を先に施行する。この治療ポイントが動注療法で施行するポイントとほぼ同じであることが興味深い。当日は、これらの具体的な治療ポイントを紹介する。
[教育講演1] 運動器難治性疼痛に対する新たなアプローチ:仮想現実技術を用いた体性認知協調療法(原 正彦)
【タイトル】運動器難治性疼痛に対する新たなアプローチ:仮想現実技術を用いた体性認知協調療法
【演者】原 正彦
【所属】株式会社mediVR 代表取締役社長/島根大学地域包括ケア教育研究センター 客員教授
【座長】小林只 (JNOS 理事・学術局長、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師, 一級知的財産管理技能士,株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長)
【抄録】
運動器難治性疼痛はその原因が複雑であり多元的な治療が必要となる難治性の疾患群である。我々は大阪大学との産学連携活動を通して仮想現実(VR)及び高精度三次元トラッキング技術を応用した医療機器「mediVRカグラ」を開発した。mediVRカグラガイド下に行われる体性認知調整療法(Somato-Cognitive Coordination Therapy, SCCT)は失調、歩行機能、上肢機能、注意障害といった様々な疾患に応用されており、運動器難治性疼痛も例外ではない。本講演では肩関節周囲炎や変形性股関節、膝関節症に関連した難治性疼痛症例を具体例としてその介入理論と治療効果の概説を行う。SCCTは筋膜リリースと同様、その特性上専門的な技術や知識が求められる治療法である。十分な理解や研鑽を重ねていない「未熟な施術者」が行うと期待する治療効果が得られないため、過去にはSCCTについて懐疑的、批判的な医療者も多かった。一方、近年はその治療効果の認知が進み多くの保険医療機関で導入が進んでいる。本教育講演を通して患者と真摯に向き合う医療者が新たな技術を習得し、難治性疼痛患者の治療選択肢が拡がる一助となれば幸いである(予習はコチラ⇒https://youtu.be/40GD7pSPSMo)。
[一般演題]
【座長】
- 谷掛 洋平 (JNOS理事・会員管理局長・関西ブロック長・中国・四国ブロック長, 谷掛整形外科 副院長)
- 今北英高(JNOS理事、埼玉県立大学 保健医療福祉学部理学療法学科 大学院保健医療福祉学研究科 教授)
1.陸上競技選手の大腿二頭筋内のFascia異常(肉離れ?)に対して エコーを活用した評価と鍼治療で早期回復した1症例 (佐藤 公一)
【タイトル】陸上競技選手の大腿二頭筋内のFascia異常(肉離れ?)に対して エコーを活用した評価と鍼治療で早期回復した1症例
【演者】佐藤 公一
【所属】JNOS会員、銭田治療院千種駅前、株式会社ゼニタ
【抄録】
【目的】
陸上競技で受傷し、競技復帰の過程で大腿二頭筋内に痛みが残存していたマスターズ世界レベルのスポーツ選手に対しFasciaリリース(徒手及び鍼)をおこなったところ、2回の治療で回復し競技復帰を果たした症例を経験したので、以下に報告する。【症例】
30代男性(陸上競技:短距離種目)。主訴:2か月前に左ハムストリングス肉離れ(本人説)発症。最近の試合では全力は出し切れなかった。普段は、RICE処置を基本に自分でセルフケアをおこなっていたが一向に良くならず、知人の紹介で当院来院。右下肢も今回受傷前と同様に肉離れをしたが、右下肢の痛みは良くなってきている。(初診時評価)
疼痛:股関節最大伸展から屈曲時に左ハムストリングスmotion pain(+)、
VAS左100/右60、両下肢ROM制限(-)であるが、下肢のトレーニングが痛くて行えない状態。触診:右坐骨結節から下方5横指半膜様筋・半腱様筋筋間Tenderness(以下Td)、 左坐骨結節から下方4横指半膜様筋内側Td(+)。エコー評価:左半膜様筋2~3cm高エコー像(+)、右半膜様筋2cm 高エコー像(+)、高エコー像部位エコー下触診にてTd(+)。【治療および経過】
初期評価より、左半膜様筋起始部である坐骨結節から停止部にかけ筋間のFasciaを意識し徒手的運動療法実施。半膜様筋筋内高エコー像深さ2cmの圧痛部位に対し鍼刺激。右も同様に、徒手的運動療法後、半膜様筋深さ2cmに鍼刺激。治療後疼痛→両側のTd(-)、motion pain(-)となる。
初診から2週間後、2回目の治療実施。問診:初回の治療から痛みはなくなった、練習も休みにして安静にしていた。評価:エコー下触診→右Td(-)、stiffness(-)。左Td(-)、stiffness(-)。エコー評価:右半膜様筋2cm 高エコー像(-)、Td(-)。左半膜様筋2~3cm高エコー像(-)。左アキレス腱踵骨付着部Td(+)。エコー評価:左アキレス腱踵骨付着部1cm浅層高エコー像(+)、エコー下触診Td(+)→同部位に鍼治療した結果、疼痛が消失した。【結語】
受傷後2カ月経過した大腿二頭筋内のFascia異常と考えられる部位に対して、詳細な発痛源評価、エコー下触診を含めた評価をおこなった後に鍼刺激を行ったことで、疼痛が消失し早期競技復帰に繋げることができたと考える。
2.骨格筋電気刺激が骨格筋周囲のfasciaに与える影響 (浅賀亮哉)
【タイトル】骨格筋電気刺激が骨格筋周囲のfasciaに与える影響
【演者】浅賀亮哉
【所属】高崎整体ネイバ―マン
【抄録】
背景: 骨格筋電気刺激療法(electrical muscle stimulation :以下, EMS)では、筋収縮を不随意に誘発することで筋肥大ならびに筋萎縮予防効果が期待できるとされている。しかし、骨格筋周囲に存在するfasciaに対する効果については不明点が多い。今回は、EMSの骨格筋周囲のfasciaに対する影響が考えられた症例を経験したため報告する。
症例:右肩関節の可動域制限に伴う疼痛を主訴とし、X日に来店した60代女性。X −1年に整形外科医院を受診し肩関節周囲炎と診断され治療を受ける。通院を行うものの疼痛と運動制限に変化がなく、状態改善を希望し当店へ来店される。超音波画像観察装置(以下, エコー)による観察において肩関節に明らかな炎症様所見はなく肩関節屈曲、外転、結滞動作の最終可動域付近で右烏口肩峰靭帯部に疼痛が出現することを確認した。疼痛強度の把握にはpain intensity scale(以下, PIS)を使用し、最終可動域付近の疼痛強度をPIS10と設定した。整形外科的検査としてHowkins testを実施し結果は陽性であった。肩関節屈曲60°位で行う別法では陰性であった。関節可動域検査では肩関節屈曲、外転、結滞動作に可動域制限が見られた。いずれもpassive range of motion(以下, pROM)よりactive range of motion(以下, aROM)が低下していた。小円筋下部線維の伸展制限を疑い、エコーで観察すると小円筋下部線維深層のfasciaに重積像を認めた。以上の結果を踏まえ、小円筋下部線維深層のfasciaに対する徒手治療を実施した。実施後、aROM、pROMともに肩関節屈曲、外転、結帯動作いずれも関節可動域は拡大した。しかしPIS4と最終可動域付近の疼痛は残存した。次に、EMS(製品名EXFIT@Pro)を20分間、小円筋下部線維に対して実施した。EMSを行う際はエコーを同期し小円筋下部線維が収縮していることと重積部分のfasciaに動きが生じていることを確認した。実施後、肩関節可動域はさらに拡大し、疼痛はPIS0と消失した。
考察:EMSは骨格筋周囲にあるfasciaの伸展性を即時的に高める可能性が考えられた。今後は症例数を増やすとともにEMSの骨格筋周囲のfasciaに対する影響について多角的に検討する。
3.腰部脊柱管狭窄症に対する股関節パッシブリリースの症例報告 (田島 雅大)
【タイトル】腰部脊柱管狭窄症に対する股関節パッシブリリースの症例報告
【演者】田島 雅大
【所属】木村ペインクリニック
【抄録】
パッシブリリースとは可動域制限のある関節に対して、ファシアハイドロリリースとマニュピュレーションを同時に施行する手技です。特徴として、①従来のサイレントマニピュレーションとは異なり、神経麻酔なしで行うことができること、②関節包を牽引しながら行うことで、注射中から関節包が広がりやすく、効果に期待できること、③注射中に関節可動域が増大したタイミングが分かる為、制限因子が分かりやすいことなどが挙げられます。
関節包の線維の方向性は、長軸・斜め・螺旋に走行しながら、波打ったり縮れたり(Crimp)することで、更なる伸張性を得ているとされています。ハイドロリリースの一要因として、このCrimpの癒着が解除されることで可動域が増大しているのだろうと考えます。
今回は腰部脊柱管狭窄症症状を有する2症例に対して、股関節パッシブリリースを実施しました。どちらの症例も、パッシブリリース前はKempテスト陽性を示しておりましたが、実施後は陰性となりました。
これについて、本症例は、股関節後方軟部組織の伸張性低下が、股関節外旋による股関節被覆率減少を起こし、代償的な骨盤前傾・体幹の伸展を促した結果、脊柱管狭窄症症状が生じていたのではないかと考えました。股関節に対するパッシブリリースはこれを改善した結果、症状が軽減したのではないかと考察します。
また今回の症例において、パッシブリリースの効果は比較的長く続いていたことから、短時間で症状の改善を見込め、持続性が高く、効率よく効果を発揮できるのではないかと考えています。
[研究助成報告] タブレットエコーベースのせん断波エラストグラフィの開発と高分解能弾性映像化 (山越 芳樹)
【タイトル】タブレットエコーベースのせん断波エラストグラフィの開発と高分解能弾性映像化
【演者】山越 芳樹
【所属】群馬大学, 大学院理工学府 特任教授
【抄録】
POCUS用途のタブレットエコーベースの超音波エコー装置は、現在、各社から市販されており、画質は近年、格段の進歩を遂げている。一方で、据え置き型の汎用エコー装置では、Bモード画像、カラードプラ画像の他に、組織弾性をカラー画像であらわす、せん断波エラストグラフィと呼ばれる画像表示モードが備わっていることが多い。しかし、この画像を得るにはインパルス的で比較的強い音圧の超音波を生体内に照射する必要があり、このために特別な電子回路と信号処理回路が必要で、タブレットエコーに実装された例はない。本報告では、強力な超音波照射の代わりに生体表面につけた超小型加振器でせん断波を生体内に導入し、専用のタブレットエコーで得た超音波ドプラ信号から生体組織内部を伝わるせん断波の映像を得る我々が開発中の連続せん断波映像装置について紹介する。
2)2023年11月26日(日) 第6回JNOS学術集会
[教育講演II] 総合診療医が診る「臓器横断的な機能性疾患」としての慢性疼痛(佐藤 健太)
【タイトル】総合診療医が診る「臓器横断的な機能性疾患」としての慢性疼痛
【演者】佐藤 健太
【所属】札幌医科大学 総合診療医学講座
【座長】白石 吉彦(JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与)
【抄録】
慢性疼痛に悩まされている患者数は多く、併存する身体疾患や心理社会的問題の影響も相まって、日々の診療において治療者が感じる負担感は大きい。 総合診療医は、Common(頻度が高い)でComplex(複雑)な疾患を診るための訓練を受けており、「除去可能な原因を同定できず、心理社会的要因が影響して難治化した、患者QOLに多大な影響を及ぼす、患者数の多い疾患群」に遭遇する機会が多い。
演者はこのような共通する特徴を持つ疾患群のことを「機能性疾患」と呼び、慢性疼痛だけではなく、片頭痛や気管支喘息、機能性胃腸症などにも応用可能な「機能性疾患に共通する診かた」を考案した。臨床実践や若手教育に活用した感触はよく、「機能性疾患の診かた」を理解することで学習のハードルが下がり、類似した疾患の診療や学習で得た知識が統合され、見通しがよくなっていく感覚が得られている。
今回の教育講演では、この「機能性疾患の診かた」の基本原則をお伝えすることで、慢性疼痛の捉え方の次元を一つ上げることを目指す。その結果として、慢性疾患(とそれに併存する様々な機能性疾患)や、その背景にある心理社会的問題の捉え方がスムーズになり、聴講者の対応能力がワンランク高まるきっかけとなれば幸いである。
[教育講演 III] 足の診療 硬性立体インソール(岡部大地)
【タイトル】足の診療 硬性立体インソール
【演者】岡部大地
【所属】株式会社ジャパンヘルスケア 代表取締役医師
【座長】辻村孝之(JNOS理事, フィジオ,合同会社PROWELL)
【抄録】
人生100年時代には、足も100年使わなければならない。足は「回内」による衝撃緩衝と「回外」による推進力の生成という2つの相反する機能を持つ。身体の中で最も体重がかかり、1日8000歩で年間約300万回地面に叩きつけられ、回内してアーチが下がる方向に歪みやすい。そこから連鎖して、人それぞれの筋骨格と繰り返す動作で最も負荷がかかる場所にトラブルが起きてくる。
足部疾患における主訴で最も多い痛みを診断するには、まず侵害受容性疼痛かそれ以外かを区別する。次に急性疼痛か慢性疼痛かを区別する。侵害受容性疼痛かつ慢性疼痛の場合は、日々のメカニカルストレスの蓄積が原因の大半を占める。日々のメカニカルストレスが原因ならば、それにアプローチする靴・インソール・運動指導で改善することが多い。
回内や扁平足が強い場合には、アライメントに強く介入する硬性立体インソールが臨床上効果を得ており、エビデンスも出始めている。硬性立体インソールを治療選択肢の一つとして使えると足部・膝診療に役立つ。
足部の診察では、患者に裸足で立ってもらう。基本的な身体診察の一つとして、回内度合いを評価できるようにしたい。そして解剖を頭に入れて圧痛の最強点を確認し、なぜその結果に至ったのか、骨・運動連鎖を紐解く。連鎖の要は足全体に影響する後足部アライメントである。
このように足部の診療には、足の整形内科的な知見を要する。片足28個の骨がある足は顔の形ほど異なり、原因と結果が人それぞれである。足のメカニカルストレスを紐解けるようになれば、様々な患者の足の悩みに答えられる。
足を診ることは、「健康寿命を伸ばす鍵」と私は思う。患者さんがより長く歩けるようにするため、100歳まで歩ける社会をつくるため、普段は靴に隠れている足を診てもらいたい。今回はまず基本となる回内の身体診察方法と硬性立体インソールの使い方を紹介する。
[パネルディスカッション] – 最新運動器 診療の全貌
【座長】
- 白石吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与)
- 山崎 瞬 (JNOS理事、学校法人菅原学園 仙台保健福祉専門学校 理学療法科)
1.運動器におけるエコーガイド下注射の実際(谷掛 洋平)
【タイトル】運動器におけるエコーガイド下注射の実際
【演者】谷掛 洋平
【所属】JNOS理事・会員管理局長・関西ブロック長・中国・四国ブロック長, 谷掛整形外科 副院長
【抄録】
近年、運動器疾患の治療において、超音波画像診断装置(以下エコー)を活用した治療の症例報告が急増している。関節周辺組織の治療においてエコーを用いることによって治療対象組織は可視化され、病態を理解する上で大きな手がかりとなる。また、エコーガイド下注射によって治療対象部位へ的確に薬剤を投与することが可能となり、治療効果の向上が期待でき、必要以上の薬剤使用も抑制出来る。本演題では、現在、私が実際行っている関節腔外を中心としたエコーガイド下注射の症例報告を中心に現状の課題、今後の展望に関して報告する。
2.痛みセンターでの慢性膝関節痛に対する集学的治療(中本 達夫)
【タイトル】痛みセンターでの慢性膝関節痛に対する集学的治療
【演者】中本 達夫
【所属】関西医科大学 麻酔科学講座 診療教授、関西医科大学附属病院 麻酔科・痛みセンター
【抄録】
運動器慢性疼痛に対する治療は、多岐にわたるが、長期化に伴い痛みは複雑化し、痛みのフォーカスがどこにあるのか診断に難渋することも少なくない。
我々の痛みセンターでは、主としてペインクリニック・心療内科・リハビリテーション科が中心となって連携し、難治性慢性疼痛に集学的治療が実施可能な環境を提供している。
一般に難治性慢性疼痛は、侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・痛覚変調性疼痛が混在しており、運動器疼痛の場合には痛みに伴う非生理的な動作学習が重なり二次的な疼痛の修飾がなされることも少なくなく、治療に難渋することが多い。
外傷を契機に生じた難治性慢性膝関節痛症例を通じて、痛みセンターで実施している評価・治療手技(超音波ガイド下高周波熱凝固・パルス高周波・理学療法・磁場治療・心身医学療法)についての紹介を行いたい。
3.東洋医学と西洋医学の架け橋としてのファシア(須田 万勢)
【タイトル】東洋医学と西洋医学の架け橋としてのファシア
【演者】須田 万勢
【所属】JNOS会員諏訪中央病院 リウマチ膠原病内科 医長
【抄録】
エコーガイド下ファシアハイドロリリース(US-FHR)において、治療部位(発痛源)が鍼灸の経穴(ツボ)に一致することは経験上少なくない。また、鍼(dry-needling)治療中に患者が経絡上に「響き感」を感じる場合があるが、US-FHRでも手技中に末梢神経に注射針が触れていないにも関わらず、治療部位から離れた部位に(ときに末梢神経の分布に沿わない形で)痛みや電気が流れるような感覚が生じることがある。このように、鍼治療とUS-FHRには共通点が多いが、どちらの手技も局所において奏功するメカニズムは不明とされている。本講演では、ファシアという視点から経穴、経絡の説明を試み、鍼灸とUS-FHRの使い分けについての私見を述べる。
4. 痛みとモーターコントロール -リハビリテーション手段も含めて-(森岡 周)
【タイトル】痛みとモーターコントロール -リハビリテーション手段も含めて-
【演者】森岡 周
【所属】畿央大学 ニューロリハビリテーション研究センター、理学療法学科 教授 健康科学研究科 教授
【抄録】
2021年に日本疼痛学会など痛み専門の国内8学会の連合(筆者が理事の日本ペインリハビリテーション学会も含む)において、侵害受容器を活性化するような損傷やその危険性のある明確な組織損傷、あるいは体性感覚神経系の病変や疾患がないにもかかわらず、痛みの知覚異常や過敏によって生じる疼痛として、痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)が定義された。線維筋痛症や複合性局所疼痛症候群(CRPS)、原因不明の腰痛など、これらの疾患による痛みが痛覚変調性疼痛に分類される場合がある。これらの痛みは、円滑な運動制御(モーターコントロール)を妨げることがあり、結果として、動作障害を引き起こすことがある。本発表では、CRPS患者のモーターコントロールの特徴、その障害メカニズムの仮説、運動恐怖や感覚障害とモーターコントロールとの関連、そして慢性腰痛患者のモーターコントロールについて、自験例を用いて解説するとともに、適宜、リハビリテーション手段(理学療法と患者教育など)について話題提供したい。
5. 鍼灸(銭田 良博)
【タイトル】鍼灸
【演者】銭田 良博
【所属】JNOS 副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長
【抄録】
最近、エコーを活用して評価および治療をする鍼灸師が徐々に増えてきており、エコー画像を活用した臨床研究の学会発表も国内外問わず散見するようになった。
最近日本では、JNOSで提唱するFasciaの重積に対してのハイドロリリースや、奥野が提唱するもやもや血管(新生血管)に対する動注療法が、トピックスとしてクローズアップされている。これからの鍼灸師にとっても、エコー評価によるFasciaの重積やモヤモヤ血管に対した鍼治療を行う時代が到来するものと、私は考えている。
今回、私の治療院に来院した運動器疾患で、エコーでFasciaの重積やモヤモヤ血管を確認後の鍼治療により症状が改善した症例を報告する。それにより、運動器疾患に対する東西医学を融合した鍼治療(東洋医学:acupuncture, 西洋医学:dry needling)と、Fasciaハイドロリリース・運動療法・物理療法と鍼治療との併用、そして鍼治療後のセルフケアと生活指導の重要性を説く参考になればと考えている。
[教育講演IV] 運動器疼痛 オーバービュー(小林 只)
【タイトル】運動器疼痛 オーバービュー~学問体系、診療体系、システム体系の観点から~
【演者】小林 只
【所属】JNOS 理事・学術局長、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師, 1級知的財産管理技能士, 株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長
【座長】吉田 眞一 (JNOS理事、よしだ整形外科クリニック 院長)
【抄録】
多職種による運動器疼痛対応について、「解剖、動き、エコー、共通言語」というフレームワークを筆者が2013年に提示してから10年の歳月が経過した。解剖☓病態に突き詰めた診療技術、ファシアという日本語と概念整理、ハイドリリースという名称と位置づけ、発痛源と悪化因子の整理、痛みの割合記載方法、癒着のグレード分類、FPS(Facial pain syndrome)の提唱など、筆者は先進的な職人(アート)と医科学者(サイエンス)の溝を埋めるためのデザイナーとして仕事をしてきたと省察する。直近の革新としては、パッシブリリース(注射と徒手等の複数手技を同時に実施する技術)であり、多職種連携は縦の時間軸としての連携から、横の時間軸(同時)としての連携に展開が広がりつつある。
特定の時代の科学集団の通常認識(パラダイム)の転換(シフト)は断続的であり、対立は避けられない(例:地動説と天動説)。例えば、生理食塩水が不活性な物質として、点滴や注射治療のプラセボ(対照薬)として長年使用されてきた学問体系、それが現代医学(というパラダイム)である。今回は数学の歴史を例に、パラダイムの変遷の特徴を概説する。新発見(事実)を周囲が受容するには、可視化・概念化・理解容易性、そして時間が必要である。この可視化等を実施するのがデザイン領域である。
運動器疼痛の全体像について、個人対個人、個人対集団、集団対集団という重層的関係性を念頭に、学問としての医学、対人としての医療、対集団としてのシステムのシームレスな繋がり、及び意図的な”区別”を意識した整理である。例えば、運動器の定義は何か。学問構造としてファシアという”繋ぎ”は、西洋医学と東洋医学を含め医学体系を再構築しつつある。そして、1人の患者に向き合うために、発痛源と悪化因子というフレームワークを用いた診療技術はもちろんのこと、知識・技術・態度の観点で、1人の医療者のプロフェッショナリズムを涵養すること、さらには医療者達の集団として、1人の患者に向き合うための多職種協同活動もまた分離・整理が必要である。もちろん、医療者達と患者達を繋ぐ社会システム(保険診療、財務状況、外国との政治取引等)の在り方も無視できない。
本講演では、運動器疼痛というテーマに関して、パネルディスカッション- 最新運動器診療の全貌の内容を踏まえ、痛みのメカニズムから見た構造と機能(中枢と末梢)に対応する介入方法(手術、注射、鍼、徒手、物療、心理、認知、行動、運動、生活など)について整理する。また、政治家、官僚、企業、医療者、患者の各種団体の思惑や狙いが交錯している現状において、日本の医師法1条、医療法1条にある「国民の健康な生活を確保する」という志に向けて、道徳やプロフェッショルとしての倫理を踏まえつつ、本学術集会のテーマである「全貌」について、次世代の価値意識創造の一端を紹介する。
[研究助成演題]
本指定演題は、2023年度 一般社団法人日本整形内科学研究会(JNOS) 研究支援制度で受賞した方々による発表です(プロトコールなど計画および進捗状況の発表)。
【座長】
- 洞口 敬 (JNOS副会長・理事・関東・甲信越ブロック長、社会福祉法人みどり福祉会 B&Jクリニックお茶の水 院長 /日本大学病院 整形外科・スポーツ整形外科 非常勤講師)
- 金村 尚彦 (JNOS理事、埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科 教授)
1.膝蓋下脂肪体の線維化が関節軟骨変性に及ぼす影響と展望 -ファシトカインという新たな概念の創造に向けた基盤構築-(村田 健児)
【タイトル】膝蓋下脂肪体の線維化が関節軟骨変性に及ぼす影響と展望 -ファシトカインという新たな概念の創造に向けた基盤構築-
【演者】○村田 健児1)、寺田 秀伸2)
【所属】埼玉県立大学 保健医療福祉学部 理学療法学科1)、埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科2)
【抄録】
変形性膝関節症 (Knee Osteoarthritis: KOA)は、高い有病率に加え、進行性の疾患である。このことから、KOAの発症メカニズム解明は増加する医療費に歯止めをかけるべく重要な課題である。膝関節は滑膜、脂肪体靭帯、筋膜といった複合的な結合組織で構成され、これらの結合組織は構造的支持や正常な関節機能を提供する。一方、関節軟骨の変性には、膝関節滑液中のサイトカインが軟骨代謝に影響することが示唆され、その供給源として、脂肪組織がサイトカインを分泌することから、膝蓋下脂肪体 (Infrapatellar Fat Pad : IFP) が着目されている。
結合組織を構成する細胞から分泌された物質が、隣接する他の結合組織を構成する細胞に作用する現象はパラクライン効果と呼ばれている。この効果は、組織の発生、修復、疾患の進展に関与しているが、膝関節におけるパラクライン効果は未開拓の領域である。ファシアとパラクライン効果の理解における将来的な発展は、関節の健康を維持し、慢性的な関節疾患の予防、新たな治療法や予防策の開発に向け、新しい領域を提供できる可能性がある。このため、ファシア組織から分泌される特有のサイトカインをファシトカイン(Fascitokine)と定義づけ、ファシアが導く他組織へのパラクライン効果から新たな概念を創造するための研究が必要である。
実際にKOA患者では併発するIFPの線維化が生じることが明らかになっており、IFP変性による関節軟骨への役割の解明が、KOAの発症・進行予防といった課題解決への糸口となる可能性がある。そこで、IFPの線維化が関節軟骨に及ぼす影響を明らかにすることを目的とし、1)局所炎症誘発性のラットIFP線維化モデルを用いて生体内での関節軟骨変性を調査し、2)IFPの線維化が軟骨細胞に及ぼす効果を生体外で検証することとした。
削除: 本報告では、膝蓋下脂肪体変性が滑膜を介して、変形性関節症の進行要因となり得ることを組織学的な影響にについて、ファシトカイン(Fascitokine)がもたらす現象を報告し、さらに、軟骨細胞を利用したファシトカインの効果について報告する。また、発表では、ファシトカインという概念創造に向けたNEXT STUDYについて報告する。
教育講演
【座長】
- 鈴木 茂樹 (JNOS理事、医療法人ゆかり たかまえ病院)
- 田中 稔(JNOS理事、仙台たなか整形外科スポーツクリニック 院長)
1.Fascia研究の歴史~構造と認識、パラダイム、そして証明の些事~(小林 只)
【タイトル】Fascia研究の歴史~構造と認識、パラダイム、そして証明の些事~
【演者】小林 只
【所属】JNOS 理事・学術局長、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師, 一級知的財産管理技能士, 株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長
【抄録】
Ferdinand de Saussure(1857-1913)曰く「人間は、記号という『概念の単位』により現実世界を切り分けている。」と、つまり異言語間の語の意味は一対一で対応しない(例:靱帯/間膜とLigament)。そして、解剖学的な境界、そして境界で区切られた構造物の名前は、観察者が恣意的に定めてきた(例:関節包複合体)。これは「虹は何色か?」という認識のように、観察者の言葉と認識に依存する。
特定の時代の科学集団の通常認識(パラダイム)の転換(シフト)は断続的である。ファシアもまた同様である。歴史的に「結合組織」は「その他」に分類され、単に構造を支持するだけの「不活性組織」と解釈されてきた。「その他」の結合組織ではない、実態組織としてファシアを認識することは、構造分類学に基づく医学体系の根底を覆しかねない。これは、特定のパラダイムに基づく、治療方法、医薬品有効性の根拠を揺らがせる。一方で、ファシアに注目することで、西洋医学と東洋医学の対立構造を包括する医学体系を構築できる可能性もある。
Frederic Wood Jones(1879-1954)がfasciaの臨床上の重要性を説いてから一世紀が経つ。近年はfascia/間質という言葉とともに「生きている臓器・組織」として、より具体的には「システム(系)『fascia system』、マクロ解剖の臓器(構造)『A fascia』、そしてミクロ解剖の線維『fibrils』として、各組織や器官を繋ぎ・支え、知覚する線維構成体という実態として再認識され始めた。今のパラダイムと次のパラダイムへの転換は断続的となりやすいが、活性組織としてのファシアの研究結果が証明の些事にならないためにも、少しでも円滑なシフトを促す研究と概念のデザインが必要である。
参照2:小林只. Fasciaの歴史・定義の変遷~実態・認識・言葉の狭間で~P2-15. 木村裕明他編「Fasciaリリースの基本と臨床 第2版~ハイドリリースのすべて~」 2021年. 文光堂
2.ハイドロリリースと筋膜に関する解剖と生体力学 ~作用機序解析への第一歩~(塩泡 孝介)
【タイトル】ハイドロリリースと筋膜に関する解剖と生体力学 ~作用機序解析への第一歩~
【演者】塩泡 孝介
【所属】JNOS会員、札幌スポーツクリニック
【抄録】
2018年のWHOの分類で、『fascia』という用語が追加され、fascia系が定義された。Fasciaはこれまで『不活性』『不要』とされていたが、原因不明とされてきた様々な病態と関係するとされ、近年注目されている。本邦において、エコーガイド下にfasciaに生理食塩水等を注入するハイドロリリースという治療法が開発された。ハイドロリリースは臨床現場で急速に普及し、その有効性を報告する発表等は増加しているが、基礎研究による作用機序に関する解析は不足している。我々は、ハイドロリリースの作用機序の解析に向けて、主に『解剖学・生体力学』の観点から研究を行っている。
ハイドロリリースの代表的な対象であるDeep fasciaは、主に腱膜筋膜(aponeurotic fascia, APF)と筋外膜(epimysium, EPI)からなり、それらは密なfibrous componentと疎なloose connective tissueが層状に配列し構成されている。本発表では、deep fasciaの解剖と生体力学についての先行研究をまず紹介する。続いて、これらに関して我々がハイドロリリースを施行して行った研究内容の紹介(2022年度JNOS研究助成を受けた研究内容を含む)を行う。超音波画像と筋膜解剖の関係性と、筋膜間に生理食塩水等を注射した結果として生体力学的にどのような変化が起こるかを調査した。
ハイドロリリースには不明な点が多く、より一層発展をさせていくには、ハイドロリリースの有効性と科学的根拠を客観的に示す必要があると考えられる。本発表の後、今後研究するべきこと等を議論させて頂ければ幸いである。
[出版記念シンポジウム] – 運動器リハビリテーションに役立つFasciaのみかた・とらえかた
【座長】
- 今北英高(JNOS理事、埼玉県立大学 保健医療福祉学部理学療法学科 大学院保健医療福祉学研究科 教授)
- 渡邉 久士(JNOS監事、株式会社ゼニタ 常務取締役)
【座長 今北英高より】
この度、『運動器リハビリテーションに役立つFasciaのみかた・とらえかた』というテーマでシンポジウムを開催いたします。
実は、11月1日に同タイトルで、書籍を出版いたしました。
多くの先生方にFasciaについて、多方面から捉えていただき、基礎から臨床、評価から治療まで執筆いただきました。
その内容をふんだんに踏まえ、今回、ご執筆いただいた辻村孝之先生、銭田良博先生、黒沢理人先生、逆瀬川雄介先生、半田瞳先生、青木敬一郎先生にご発表いただきます。
こうご期待ください。
[シンポジウム1] 女性のホルモン変動とfasciaの機能・構造変化:健康への影響とケアの重要性 (半田 瞳)
【タイトル】女性のホルモン変動とfasciaの機能・構造変化:健康への影響とケアの重要性
【演者】半田 瞳
【所属】株式会社 TRIGGER
【抄録】
近年、女性の骨盤および骨盤底fasciaの機能と構造の変化が、ホルモンの変動と深く関連していることが研究で報告されている。特に注目すべきは、女性ホルモンのリラキシンおよびエストロゲンがfasciaの物理的特性、特に張力、柔軟性、炎症反応、および代謝に与える影響である。これらのホルモンの濃度変動に伴い、fasciaの構造や機能に変化をおよぼす。具体的には、排卵期や妊娠期の女性は、Ⅲ型コラーゲン線維とフェブリリンの生成が促進され、fasciaの柔軟性が増加する。一方、閉経後や産後はⅠ型コラーゲン線維の生成が増加し、fasciaの柔軟性は減少する傾向にある。これらの変動は、女性の生理的、機能的状態に多大な影響を与え、骨盤底筋群の機能にも影響をおよぼす。
骨盤底筋群は、体幹の安定性、排尿・排便のコントロール、性機能などに寄与しており、fasciaと筋肉の相互作用はこれらの生理的プロセスに不可欠である。また、帝王切開による影響も無視できない。術後の瘢痕組織の形成は、ファシアの機能と構造に影響を与え、慢性的な腹部、腰部、および骨盤痛の原因となる可能性が考えられる。これらのことから、ホルモン変動や外科的手術は、女性の骨盤健康に影響を及ぼす主要な要因となるため、女性が健康で快適な生活を送るためには、fasciaのケアが重要であると考える。
[シンポジウム2]さまざまな発痛源評価とその活用(黒沢 理人)
【タイトル】さまざまな発痛源評価とその活用
【演者】黒沢 理人
【所属】JNOS 理事、トリガーポイント治療院 院長
【抄録】
世の中には多種多様の治療法が存在するが、どのような治療法であっても重要となるのが「発痛源評価」ではないだろうか。圧痛評価は簡単にできる発痛源評価の一つであるが、術者の触診技術によって圧痛検出の有無が変わったり、深部に骨などの固いものがない場所では圧痛所見自体が出にくかったりすることもある。また、慢性になるほど発痛源が症状と離れた場所にあることも多いことや、全身の圧痛を探すとなると時間もかかってしまうため、圧痛所見のみで発痛源検索を行うのは現実的ではない。整形外科的検査、発痛時の動作分析、関連痛パターン、解剖学的構造からの推測、Dermatome、Fasciatome、Angiosome、Venosome、末梢神経分布などを症状に合わせて適宜使用し、ある程度場所を絞っていく。加えて、圧痛評価やエコー所見にてFasciaの重積像(Stacking fascia)を指標とする。今回、代表的な評価方法の概念や使い分けについて提示する。
[シンポジウム3] Fascial painに対する物理療法(渡邉 久士)
【タイトル】Fascial painに対する物理療法
【演者】渡邉 久士
【所属】株式会社ゼニタ 常務取締役
【抄録】
理学療法士が行う治療法には、運動療法や徒手療法の他に物理療法がある。物理療法は、運動療法や徒手療法では再現できないエネルギーとして温熱・電気・超音波を中心に扱い、生体に対して何らかの刺激を与える治療法である。しかし、その効果や治療方法に関しては未だに分かっていないことが多く散見される。また、治療の定義は確定されておらず、検討の必要がある。
目的により各刺激を使い分けることが多く、電気療法では「痛み」や「痺れ」、超音波療法では「関節可動域」や「痺れ」等に対して用いられることが多く、物理療法は初期症状には著効がみられる場合はあるものの、慢性化した症状には同様な方法では、効果が不十分に感じられることもしばしば経験する。
物理療法で扱うエネルギーは熱、電気、音波等であり、生体に対する作用を目では捉えられない。よって、治療方法を検討する際には出力や時間、刺激場所に関して検討することが多い。それらの刺激は目では見えないものの、作用する深さに関しては出力や貼付位置によりある程度の調整が可能とされているが、実際にその深さに対して作用しているかは確定できない。Fasciaを治療対象とした場合、刺激部位の深さとの関係が、物理療法の効果を左右しているのではないかと思われ、今後、そういった視点での医工学基礎研究が必要になると考えられる。
物理療法の医工学的基礎および臨床研究を行う大きな長所として、再現性が担保しやすくRCTによる研究プロトコルを構築することが可能であることが挙げられるため、これから多くの研究がされることを期待される。
[シンポジウム4] セルフケア・生活指導 (逆瀬川 雄介)
【タイトル】セルフケア・生活指導
【演者】逆瀬川 雄介
【所属】株式会社ゼニタ リハビリテーション部主任
【抄録】
セルフケアは、対象がよい健康状態を維持する上で重要なものと捉えられ、自ら実践する日常生活上および健康管理上の行動を指す。セラピストは対象の成長・加齢・心身状態などを把握した上で、適した方法で健康状態を維持または向上できるように指導することが求められる。日常生活動作(ADL)の低下は、活動性の低下のみならず社会参加の機会を減らし、身体的かつ精神的な機能低下を惹起し、介護負担を増加させる悪循環が生まれることは容易に想像できる。人が人らしく生きるための手段を獲得する上で、セラピストの存在はとても重要なものと考える。
ヒトの生活習慣は必要な行動として認識した後、習慣化していく。しかし、身体的なケアとして必要なものは病院に罹ることがない限り、学習する環境がないのが現状である。専門職種からの適切な指導が契機となり、セルフケアが生活の一部となることで習慣となる。つまり、対象にセルフケアを実践してもらうためには、疾病に対する捉え方に加え、健康の構成要素に関するすべての視点からとらえる必要がある。
セルフケアには、対象自身が症状に対して行うケアに加え、症状の悪化を防ぐための生活指導が重要となる。セルフケアを要する疾患には整形内科的観点がとても重要である。運動器疼痛の治療には、発痛源(痛みの原因部位)と、悪化因子(発痛原因子による症状を悪化させている因子)の評価が大切である。その他にも、福祉用具等を活用することで早く活動制限を解決できるのであれば、持っている機能(プラス面)をどう生かしながら生活に結びつけるかを考えることができる。この力はセラピストならではの視点であると考え、それぞれの特徴によってどういった方法が望ましいのかを伝えることが大切である。
[シンポジウム5] Fasciaに対する作業療法 (青木啓一郎)
【タイトル】Fasciaに対する作業療法
【演者】青木啓一郎
【所属】昭和大学 保健医療学部リハビリテーション学科
【抄録】
運動器疾患に対する機能的作業療法は,一般的に重要であることは周知の通りであり, 特に「生活する(できる)手(useful hand)」を獲得するために,手の機能評価は欠かせない.手の機能改善には,作業療法士と理学療法士が協働する必要がある.
本シンポジウムでは,作業療法におけるFasciaの介入方法に焦点をあて,手の機能改善におけるその有用性について実践内容を踏まえお伝えする.Fasciaは,線維性結合組織であり,その状態は関節の動きや全身の機能に影響を与える.
まず,手のFasciaに対する徒手療法の局所的介入について詳述する.具体的には、Fasciaの硬さ,柔軟性,滑走性の改善を目的とした手技の方法について考察し,それが関節の動きにどのように影響を与えるのかを説明する.
次に,手のFasciaだけでなく,上肢や体幹といった遠隔部位のFasciaも評価の対象とし,全身の動きの改善や痛みの軽減を目的とした介入方法について提案する.
本介入の視点を持つことで,手の機能障害を抱える患者の動作改善や生活の質(QOL)の向上に如何に寄与できるのかを,具体的な事例を提示し,Fasciaに対する作業療法の新たな可能性と今後の発展に向けた期待を述べる
[シンポジウム6] 運動器リハビリテーション概論とファシアを考慮した理学療法(辻村 孝之)
【タイトル】運動器リハビリテーション概論とファシアを考慮した理学療法
【演者】辻村 孝之
【所属】JNOS理事、JNOS理事, フィジオ,合同会社PROWELL)
【抄録】
近年、非器質的な運動器疾患の疼痛や可動域制限、自律神経症状に関連する組織としてfasciaが注目を浴びているがfasciaに特化した一部の手技コース以外で、fasciaの評価や運動療法を学ぶ機会は多くなかったはずです。
演者はJNOSで注射や鍼灸のすばらしい局所治療の技術を垣間見ながら、先行論文の知見や臨床での工夫を交差させながら、様々なfasciaの反応を患者さんを通して教えてもらってきました。
本発表では、まず、書籍で記載した運動器リハビリテーション概論として理念や専門職間協働連携に対しての自身の見解に触れる。さらに、生きているfasciaを刺激する、という運動療法のコンセプト(fascial stimulation concept)について、演者が開発したテクニックについて先行論文を踏まえて紹介します。
本発表と書籍を通じて、整形内科的な問題に関わる医療専門職とその先にある患者さんの幸福に少しでも貢献できれば幸いです。
(※書籍の目次とは異なるタイトルになっています)
[シンポジウム7]「Fasciaと術後リハビリテーション」「Fasciaに関連する運動器疾患の評価」「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」 (銭田 良博)
【タイトル】「Fasciaと術後リハビリテーション」「Fasciaに関連する運動器疾患の評価」「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」
【演者】銭田 良博
【所属】JNOS 副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長
【抄録】
「Fasciaと術後リハビリテーション」
運動器疾患においては、どの部位の手術においても最初は皮膚から切開するが、解剖学的破綻を来している関節構成体までメスが到達する間に存在するFasciaは100%切開される。本稿では、手術で切開される皮膚・皮下組織・Fasciaの構造、手術時の切開の手順、術後の術創部による病態、術前術後のリハビリテーションについて述べ、最後に症例を提示する。「Fasciaに関連する運動器疾患の評価」
Fasciaに関連する運動器疾患の評価は、まず最初に運動器疾患の原因がFasciaにあるのか、それともFascia以外なのかを確認する必要がある。そのため、問診では、発症起点や生活状況、レッドフラッグの確認を行い、次に関節内の病態か関節外の病態かを評価していく。炎症性病態や末梢神経障害、心理情動的な障害や自律神経障害、もしくはFasciaに内在する機械受容器の障害、血管外膜などのFascia異常などを見立てて評価する。「Fasciaのエコー解剖とエコー下触診」
Fascia(ファシア)は、レントゲン・CT・MRIで見ることは困難である。しかし、超音波画像診断装置(エコー)は、ここ15年の急速な高性能化と画像処理技術の向上によって軟部組織が鮮明に描出できるようになり、さらに組織の動きを可視化できるようになったことから、Fasciaを静的にも動的にも可視化できるようになっている。そのため、Fasciaを含む生体軟部組織のエコーによる臨床研究が、数多く行われ始めている。エコーでFasciaを評価する際は、運動器構成体の解剖学的な特徴と、Fasciaがどのように見えるかを理解する必要がある。「Fasciaに対する鍼灸療法」
Fasciaの構造と機能に対して、感性工学的な焦点を当てて説明し、Fasciaの解明と東洋医学と西洋医学の融合、エコーが東洋医学の世界にもたらした可視化の影響、筆者がFasciaに対する鍼灸療法をどのように行っているかということを説明する。
各種Fascia情報
【座長】
- 国生 浩久 (JNOS理事、ひろ鍼灸院 院長)
- 並木 宏文 (JNOS理事、地域医療振興協会 公立久米島病院 院長)
3.婦人科手術によるFasciaと膜 (谷村 悟)
【タイトル】婦人科手術によるFasciaと膜
【演者】谷村悟
【所属】富山県立中央病院 母子医療センター長・産婦人科部長
【抄録】
従来臓器間の結合織は不規則に走る単なる線維構造と考えられていたが、近年その機能的な美しい構造と多彩な機能が注目されている。私たちは泌尿器科医の川島らに倣い婦人科疾患でのFasciaを観察してきた。Fasciaは手術操作において切開すると収縮し、「膜」と呼ばれる。ヒトの微細な血管や神経の走行に差異はあるものの目的をもって走行している。そのためFasciaを疎な部分で切開すると、共通した膜ができ手術の指標となる。「膜」とは切離されあるいは変化し、線維構成体が目視できなくなったFascia+(脂肪・神経・リンパ管)であり、人の認識が2つを分ける。
従来は骨や筋肉、靭帯が骨盤臓器を支えるとされてきた。Fasciaは細く脆そうであるが、牽引により臓器は動く。私たちはFasciaも骨盤臓器の支持や連携機能に大きく関与すると考えている。またFasciaの構造はヒトにおいて不変ではなく、骨盤臓器脱や子宮内膜症において変性し膜化する。その変化は今まで原因が分からなかった症状の説明に役立つかもしれない。
手術において腹膜や臓器を把持しその間のFasciaを切開してきた。しかし拡大視野において正確に把持できるロボット手術では「Fasciaをつかむ」ことが容易になった。この意識はさらに繊細な手術を可能にする。
4.手術におけるfascia認識の問題 (川島 清隆)
【タイトル】手術におけるfascia認識の問題
【演者】川島 清隆
【所属】熊谷総合病院泌尿器科 医長
【抄録】
泌尿器科手術においても“筋膜”は剥離の重要なメルクマールとしての膜様構造として認識されている。どこに、どのような膜があり、どの膜の間を剥離するのが良いのかの議論が続いている。特に前立腺全摘術では前立腺周囲の膜構造の解明が進み、根治度と勃起神経温存との兼ね合いで、必要な剥離層を選択できることされている。しかし、実際には膜様構造の再現性は低く、術者間の認識もまちまちなのが現状である。客観性、再現性が重要視される近代科学にあって、この手術における筋膜認識のあやふやさは依然、解決されていない。近年、fascia研究者やfasciaを通した治療を行う施術者の間ではfasciaはコラーゲンなどの線維による立体的網目状構造を基本構造とすることは、ほぼ常識となっている。筋膜という膜様構造としてではなく、広くfasciaとして認識することが、手術における筋膜をめぐる不確かさの解明の鍵になると考えるが、外科系医師にその受容や認識の転換は進んでいない。実際に身体を開き、直接見て操作を行っている外科医にとって、何故新しいfascia概念の受容が進まないのか?また、人体の探究は肉眼解剖に始まり、ミクロ解剖、更に分子生物学レベルの探究に至り、ほぼ解明されているように見えるが、なぜfasciaは正しく認識されていないのか?この問題を人体観の歴史、認知、科学論の観点から考察する。
5.Fasciaと栄養 (天川 淑宏)
【タイトル】Fasciaと栄養
【演者】天川 淑宏
【所属】東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科
【抄録】
Fasciaは、体に浸透する柔らかいコラーゲンを含み、緩く、密な線維性結合組織の3次元連続体で構成されている。そのFasciaが適切に機能するための重要な栄養素がある。
コラーゲンはタンパク質の構成要素である様々なアミノ酸で構成されていて適切な食品摂取が欠かせない。また、健康でよく機能するFasciaを構築するためには、有機硫黄のメチルスルホニルメタン(MSM)が必要であり、タンパク質の摂取量が少な過ぎるとMSMの欠如、すなわち硫黄の不足となる。また、MSM の機能を強化するには同時にビタミンCの摂取がよいとされ、ビタミンCも強力なコラーゲンを構築するために重要である。一方 ビタミンCは私たちの体では生成できず、ストレス時に消費され、大量に必要となる。
ビタミンDは、体内で多くの重要な機能を持っている。この欠乏は弱い骨や歯に加えて、免疫力の低下、倦怠感、うつ病、腕や脚のしびれ、筋肉の痛みやけいれん、骨や関節の痛みを引き起こす可能性がある。また、筋肉が収縮するためにはカルシウムが、筋肉が弛緩するためにはマグネシウムが必要であり、マグネシウムの欠乏があると筋肉がけいれんやこむら返りなどを生じやすくなる。マグネシウムは、細胞がコラーゲンなど体の構成要素であるタンパク質を合成できるようにするためにも、また、酵素、ホルモン、サイトカインなどタンパク質でできている重要な分子にも必要である。そして、DNA、RNA、脂肪酸の合成などはマグネシウムに依存している。このようにFasciaの構成と機能に栄養は欠かせない。
私の専門分野である糖尿病は、慢性高血糖が合併症亢進へとつながる。その高血糖は酸化ストレスを亢進させ体の中のビタミンC濃度が下がっていること、糖化によるコラーゲンの変性をきたしやすいことなど、Fasciaの構成や機能に影響を及ぼしていることは疑いなく運動器疾患も合併症の1つと捉えるべきではないかと考える。糖尿病専門医はFasciaのことを知ってほしい。